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仲良く喧嘩するな
第十七話
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「……君、悪魔の家系だよね」
断定的なその言葉に、びくりと肩を揺らす。意図なんて、とうにわかりきっていた。
「る、琉架! 今日は一旦戻れ、戻ってくれ。また時間取るから……な?」
「わーい、やっと琉架って呼んでくれたぁ」
「いや悠長に喜んでる場合じゃな───」
「他の候補者って、もしかして君のこと?」
光の声を遮って、いつもより数段低い声音が届いた。終わったなんて、ありきたりな言葉しか湧いてこない。よりにもよってまた教室のど真ん中。……こいつらは目立たないと死ぬ病気なんだろうか。だって、もっとあるだろう。屋上とか校舎裏とか非常階段とかさぁ!
焦りと苛立ちと不安と絶望。色んな感情がごちゃ混ぜになって、何から話せばいいのかわからない。
「………へぇ~、聞いてたんだ?」
嗚呼また地獄が始まる。半ば諦めて目を閉じた時、場違いな音が教室に……というか校内に響いた。
「ピンポンパンポーン。一年A組天勝くん。今すぐ生徒会室まで来てください。繰り返します。一年A組天勝くん。今すぐ───」
……なんていうタイミング。地獄に仏。蜘蛛の糸。マイクの向こう側にいる人間を、在らん限りの語彙で褒め称えたいくらいである。突然の放送に水を差され、黙ったまま見つめ合っている二人は、まるで少女漫画のワンシーンのようだった。いや本当に。絵面だけ見れば。
天勝は忌々しげにスピーカーを睨んでいたけど、最終的にはため息を吐いて出て行った。去り際に何か呟いたようだったけど、俺には聞こえなかったから、多分意図的に調整されていたのだろう。
「あーーやっと邪魔者が出て行ったぁ」
「お前なぁ、いくらなんでも突っかかりすぎだ。俺の心臓に負担をかけるな」
「……ごめんねぇ」
「………ぐっ、もうするなよ……」
計算された表情だとわかっていても、やっぱり俺は琉架に弱い。傷の舐め合いとも言えるあの時間が、きっと大きすぎたのだ。今まで友達の一人もいなかった俺にとって、琉架は友達であり弟であり、何より同類だったから。
「──で、結局何の用で来たんだ?」
「だって昨日の昼休みは来てくれなかったでしょ? 俺ずっと待ってたんだけどぉ」
「あ~、それはごめん。悪かった」
「いいよ。許してあげる」
「……随分あっさりだな」
「うん。その代わりお願いがあってさ」
机に顎を置いた琉架が、こてんと首を傾げる。薄々嫌な予感はしていたけど、こちらに非があるのだから、内容も聞かずに断るのも不義理な気がした。
「クラスメイトから教えてもらったんだけどぉ。来月……だっけ。全校生徒参加の夜会があるんでしょ?」
「………まぁ、そうだな」
「うんうん。それでさぁ、俺たち中等部の生徒は高等部以上の先輩に付添いしてもらわなきゃいけないんだよね~?」
言いたいことは何となくわかった。
御伽学園では年に一回、全校生徒が参加する大規模な夜会が開かれる。
寄付金が特に高かった生徒を表彰したり、今年の決算を報告したり。特に次期生徒会長の発表では、毎年馬鹿みたいに盛り上がるのだ。……生徒会が主体で運営を行っている点も含め、一般校でいうところの生徒総会のようなものだろうか。
高等部と大学部の生徒は単身、もしくはパートナーとの参加が可能だが、中等部の生徒は高等部以上の付添いが必要となる。ちなみに言えば、付添う上級生をリード。付き添われる下級生をファグと呼ぶのだ。
ファグとは本来、上級生の身の回りの世話をする制度であり、生徒寮の廃止に伴って一緒に消えるはずだった。けれど、縦の繋がりを作る練習になるからと、このような形で残ったらしい。
ファグの解釈は人によって様々で、リードに夜会服を贈ったり、飲み物や食べ物を取って来たり、何もせずついて回るだけの生徒もいる。
俺が中等部の頃は毎年兄さんにお願いして、横に張り付いて離れなかった。兄さんにリードを頼みたかった生徒からは割と恨まれていたけれど、そこは弟の特権である。恨むなら朔魔家に生まれなかった自分を恨め。
「みつるー、聞いてる?」
「ああ……ごめん、聞いてなかった」
「だーかーらー、俺のリードになって欲しいの」
だめ? すこし潤んだオレンジの瞳に見つめられる。別に、駄目ってわけじゃないけど……。
「俺じゃなくても候補はいくらでもいるだろ」
「みつるがいいんだよぉ」
「でも……」
──あれ。俺なんで断ってるんだっけ。琉架が、俺がいいって言ってるのに。ぼんやりと纏まらない思考に頭を揺らす。寝起きみたいにふわふわして、上手く言葉が話せない。
「俺転入生だからさぁ、他に頼れるような人もいないし……」
「……じ、じゃあ私がリードになろうか?」
「レヴィアタン、俺でもいいぞ!」
ひとりの声を皮切りに、俺も私もと声が上がる。そう、ここは教室の一席。光と琉架の会話など筒抜けもいいところだ。クラスメイトたちの声に引っ張られるようにして、頭の中の靄は晴れていく。……あれ、?
「……ッチ、まじでうるさいな。俺はみつるに言ってんのぉ。邪魔だから話しかけんなって」
「る、か…」
「ああもう、魅了解けかけてるじゃん。みつる~? もう一回俺の目をよーく見て………そう、いい子。俺をファグに選んでよ。ね、いいでしょ?」
甘い声に囁かれると頭の中がぼうっとして、気づけば首を縦に振っていた。後ろに回った琉架に手を重ねられ、導かれるままにペンを動かす。
「私こと朔魔光は中等部三年C組レヴィアタン・ディヴィア・琉架を夜会でのファグに指名します。――うんうん、ばっちりだねぇ。で、これを生徒会に出せばいいんだっけ?」
ぼんやりとした意識の中で、自分がサインしたらしい紙を眺めていた。……これ、夜会用の申請書じゃないか? ようやく起き始めた脳が、大丈夫なのかと警鐘を鳴らす。
多分何かしらの能力を使われたのだとは思うけど、別にいいやと楽観視している自分もいた。だってほら───
「琉架とならクソつまんない夜会も少しは楽しそうだしな」
自分から名乗り出る気はなかったが、転入生だということは知っていたし、もし泣きつかれたら助けてやろうくらいには思っていたのだ。――絶対に、口に出したりなんてしないけど。
「えー待ってぇ…。もう魅了ほぼ解けてるよね? それ本音ってこと? え~~録画しとけば良かったぁ。……ね、もう一回言ってくれない? 今のすっごい可愛かった」
「は? 死ね」
「うわー! やらかしたぁ……」
頭を抱える悪魔の横で、魔王はしてやったりと笑っていた。
断定的なその言葉に、びくりと肩を揺らす。意図なんて、とうにわかりきっていた。
「る、琉架! 今日は一旦戻れ、戻ってくれ。また時間取るから……な?」
「わーい、やっと琉架って呼んでくれたぁ」
「いや悠長に喜んでる場合じゃな───」
「他の候補者って、もしかして君のこと?」
光の声を遮って、いつもより数段低い声音が届いた。終わったなんて、ありきたりな言葉しか湧いてこない。よりにもよってまた教室のど真ん中。……こいつらは目立たないと死ぬ病気なんだろうか。だって、もっとあるだろう。屋上とか校舎裏とか非常階段とかさぁ!
焦りと苛立ちと不安と絶望。色んな感情がごちゃ混ぜになって、何から話せばいいのかわからない。
「………へぇ~、聞いてたんだ?」
嗚呼また地獄が始まる。半ば諦めて目を閉じた時、場違いな音が教室に……というか校内に響いた。
「ピンポンパンポーン。一年A組天勝くん。今すぐ生徒会室まで来てください。繰り返します。一年A組天勝くん。今すぐ───」
……なんていうタイミング。地獄に仏。蜘蛛の糸。マイクの向こう側にいる人間を、在らん限りの語彙で褒め称えたいくらいである。突然の放送に水を差され、黙ったまま見つめ合っている二人は、まるで少女漫画のワンシーンのようだった。いや本当に。絵面だけ見れば。
天勝は忌々しげにスピーカーを睨んでいたけど、最終的にはため息を吐いて出て行った。去り際に何か呟いたようだったけど、俺には聞こえなかったから、多分意図的に調整されていたのだろう。
「あーーやっと邪魔者が出て行ったぁ」
「お前なぁ、いくらなんでも突っかかりすぎだ。俺の心臓に負担をかけるな」
「……ごめんねぇ」
「………ぐっ、もうするなよ……」
計算された表情だとわかっていても、やっぱり俺は琉架に弱い。傷の舐め合いとも言えるあの時間が、きっと大きすぎたのだ。今まで友達の一人もいなかった俺にとって、琉架は友達であり弟であり、何より同類だったから。
「──で、結局何の用で来たんだ?」
「だって昨日の昼休みは来てくれなかったでしょ? 俺ずっと待ってたんだけどぉ」
「あ~、それはごめん。悪かった」
「いいよ。許してあげる」
「……随分あっさりだな」
「うん。その代わりお願いがあってさ」
机に顎を置いた琉架が、こてんと首を傾げる。薄々嫌な予感はしていたけど、こちらに非があるのだから、内容も聞かずに断るのも不義理な気がした。
「クラスメイトから教えてもらったんだけどぉ。来月……だっけ。全校生徒参加の夜会があるんでしょ?」
「………まぁ、そうだな」
「うんうん。それでさぁ、俺たち中等部の生徒は高等部以上の先輩に付添いしてもらわなきゃいけないんだよね~?」
言いたいことは何となくわかった。
御伽学園では年に一回、全校生徒が参加する大規模な夜会が開かれる。
寄付金が特に高かった生徒を表彰したり、今年の決算を報告したり。特に次期生徒会長の発表では、毎年馬鹿みたいに盛り上がるのだ。……生徒会が主体で運営を行っている点も含め、一般校でいうところの生徒総会のようなものだろうか。
高等部と大学部の生徒は単身、もしくはパートナーとの参加が可能だが、中等部の生徒は高等部以上の付添いが必要となる。ちなみに言えば、付添う上級生をリード。付き添われる下級生をファグと呼ぶのだ。
ファグとは本来、上級生の身の回りの世話をする制度であり、生徒寮の廃止に伴って一緒に消えるはずだった。けれど、縦の繋がりを作る練習になるからと、このような形で残ったらしい。
ファグの解釈は人によって様々で、リードに夜会服を贈ったり、飲み物や食べ物を取って来たり、何もせずついて回るだけの生徒もいる。
俺が中等部の頃は毎年兄さんにお願いして、横に張り付いて離れなかった。兄さんにリードを頼みたかった生徒からは割と恨まれていたけれど、そこは弟の特権である。恨むなら朔魔家に生まれなかった自分を恨め。
「みつるー、聞いてる?」
「ああ……ごめん、聞いてなかった」
「だーかーらー、俺のリードになって欲しいの」
だめ? すこし潤んだオレンジの瞳に見つめられる。別に、駄目ってわけじゃないけど……。
「俺じゃなくても候補はいくらでもいるだろ」
「みつるがいいんだよぉ」
「でも……」
──あれ。俺なんで断ってるんだっけ。琉架が、俺がいいって言ってるのに。ぼんやりと纏まらない思考に頭を揺らす。寝起きみたいにふわふわして、上手く言葉が話せない。
「俺転入生だからさぁ、他に頼れるような人もいないし……」
「……じ、じゃあ私がリードになろうか?」
「レヴィアタン、俺でもいいぞ!」
ひとりの声を皮切りに、俺も私もと声が上がる。そう、ここは教室の一席。光と琉架の会話など筒抜けもいいところだ。クラスメイトたちの声に引っ張られるようにして、頭の中の靄は晴れていく。……あれ、?
「……ッチ、まじでうるさいな。俺はみつるに言ってんのぉ。邪魔だから話しかけんなって」
「る、か…」
「ああもう、魅了解けかけてるじゃん。みつる~? もう一回俺の目をよーく見て………そう、いい子。俺をファグに選んでよ。ね、いいでしょ?」
甘い声に囁かれると頭の中がぼうっとして、気づけば首を縦に振っていた。後ろに回った琉架に手を重ねられ、導かれるままにペンを動かす。
「私こと朔魔光は中等部三年C組レヴィアタン・ディヴィア・琉架を夜会でのファグに指名します。――うんうん、ばっちりだねぇ。で、これを生徒会に出せばいいんだっけ?」
ぼんやりとした意識の中で、自分がサインしたらしい紙を眺めていた。……これ、夜会用の申請書じゃないか? ようやく起き始めた脳が、大丈夫なのかと警鐘を鳴らす。
多分何かしらの能力を使われたのだとは思うけど、別にいいやと楽観視している自分もいた。だってほら───
「琉架とならクソつまんない夜会も少しは楽しそうだしな」
自分から名乗り出る気はなかったが、転入生だということは知っていたし、もし泣きつかれたら助けてやろうくらいには思っていたのだ。――絶対に、口に出したりなんてしないけど。
「えー待ってぇ…。もう魅了ほぼ解けてるよね? それ本音ってこと? え~~録画しとけば良かったぁ。……ね、もう一回言ってくれない? 今のすっごい可愛かった」
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「うわー! やらかしたぁ……」
頭を抱える悪魔の横で、魔王はしてやったりと笑っていた。
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