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全ての始まり
第八話
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結婚前提のお付き合いではなく、解消を前提とした仮婚約。確かに理屈は通ってるけど、そう簡単に頷けるような話でもなかった。……というか、
「俺、おまえの名前しか知らないんだけど」
「あ~~」
「いや……別に聞く気はなかったんだけどさ、婚約って家同士のものだろ。その、色々と……大丈夫なのかなって」
「みつるさぁ、テレビとか雑誌とか見ないでしょ」
「……? なんだよいきなり。……まぁ、テレビはほとんど見ないけど、経済新聞とかは読んでるぞ?」
この質問が、惡澤の家と関係あるのか?
内心不思議に思っていると、目の前にずいっと何かが差し出された。
近すぎてぼやけてはいるが、多分スマホの画面だろう。目を凝らして、ようやく焦点を合わせた時、光は自分の目を疑った。画面の中に、見覚えのある人物を見つけたからだ。
――星屑を散らしたような銀髪が、赤と黒のセットアップに異様なほど映えている。けれど、なにより違うのはその表情だ。普段の懐っこい笑みとは対照的に、オレンジ色の瞳は、射抜くような鋭さと色気を孕んでいた。
信じたくはないけれど、もしかして、もしかしてこれは。
「…………もしかしてなんだけど」
「うん」
「これ、惡澤だったりする?」
「ピンポーン、大正解!」
「うっそ……詐欺じゃん……」
「えー詐欺は酷くない? 結構売れてる自信あったんだけどな~」
拗ねたように頬を膨らませる姿は、いつもの惡澤で、なんだかホッとした。だって、あの写真を見てから、まだ心臓が鳴り止まない。
これはあれだ。野良猫を拾ったと思ったら、実は虎だったみたいな、何となく捕まえたトカゲが、巨大なドラゴンになったみたいな、そんな感じのあれである。断じて、ときめいているわけではない。
「んー、じゃあ『𝑳𝒆𝒗𝒊𝒂𝒅𝒊𝒂』って名前は聞いたことある?」
「お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ。流石にそれくらいは知ってる」
今度は俺が口を尖らせる番だった。レヴィアディアといえば、世界でも有数のハイブランドだ。
洋服だけでなく、靴、鞄、香水、アクセサリーと幅広く事業を展開しており、現当主である『レヴィアタン・アルカディア』は、その経営手腕から新聞やニュースに取り上げられることも多い。
俺も何度か目にしたことはあるし、レヴィアディアの靴と洋服もいくつか持っていたはずだ。
「あれね~俺の一族が経営してんの」
「へぇー………って、……え!!??」
「みつるってファッション関係疎そうだしぃ、知らなかったらどうしようかと思ったぁ」
「や、おかしくないか? ……お前の名前って惡澤琉架だろ?」
「……………えへっ」
「いやえへってなんだ――まさか、名前も嘘だったのか!?」
「嘘じゃないよぉ~。ほら、レヴィアタンって名乗るとすぐバレるし、惡澤なら母方の苗字だから丁度いいかなって」
「……はぁ~~~」
腹の底から重たい息を吐き出して、両手で顔を覆い隠した。友達だと思っていた気持ちは、どうやら光の一方通行だったらしい。
別に、惡澤がモデルをやってたことも、レヴィアタンの一族だったこともどうでもいい。ただ、唯一知っていた名前すらも嘘だったのが、無性に悲しくてムカついた。
(どいつもこいつも、人を馬鹿にしやがって)
甘えたように頭を擦り付けて来た時も、馬鹿言いあって笑った時も、偽物の名前を呼ぶ俺のことを内心馬鹿にしていたのだろう。
目頭に熱いものが込み上げてきて、なんとか落ち着こうと、小さく深呼吸を繰り返す。泣きたくない、泣きたくないけど、視界が滲んでいくのを止められなかった。
「みつる~? ……え、もしかして泣いてる?」
「うるさい、あっちいけ」
「ねぇ、顔見せてよ」
は?
疑問符が浮かんだ瞬間に、顔を覆っていた両手が無理やり引き剥がされていく。涙目で見上げた顔の先に、恍惚とした顔で笑っている惡澤──悪魔がいた。
「……っはぁ~、やば、さいっこう……。ずっと見たかったんだよねぇ、みつるの泣き顔」
驚きで声も出ない。表面張力で持ち堪えていた涙は、瞬きに押し出されて頬を伝った。俺はただ、惡澤が一言謝ってくれたら、それで許してやろうって、もう嘘はつくなよって、仲直りするつもりだったのに。
「俺の名前はレヴィアタン・ディヴィア・琉架。改めて、婚約者としてよろしくねぇ」
「俺はまだOK出してないからな!!!」
嗚呼ご先祖さま、この度重なる苦難は何なのでしょう。俺がいったい何をしたって言うんですか。
問いかけた言葉に、当然返事など帰ってこない。呆然とする意識の隅で、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響くのを、どこか他人事のように聞いていた。
「俺、おまえの名前しか知らないんだけど」
「あ~~」
「いや……別に聞く気はなかったんだけどさ、婚約って家同士のものだろ。その、色々と……大丈夫なのかなって」
「みつるさぁ、テレビとか雑誌とか見ないでしょ」
「……? なんだよいきなり。……まぁ、テレビはほとんど見ないけど、経済新聞とかは読んでるぞ?」
この質問が、惡澤の家と関係あるのか?
内心不思議に思っていると、目の前にずいっと何かが差し出された。
近すぎてぼやけてはいるが、多分スマホの画面だろう。目を凝らして、ようやく焦点を合わせた時、光は自分の目を疑った。画面の中に、見覚えのある人物を見つけたからだ。
――星屑を散らしたような銀髪が、赤と黒のセットアップに異様なほど映えている。けれど、なにより違うのはその表情だ。普段の懐っこい笑みとは対照的に、オレンジ色の瞳は、射抜くような鋭さと色気を孕んでいた。
信じたくはないけれど、もしかして、もしかしてこれは。
「…………もしかしてなんだけど」
「うん」
「これ、惡澤だったりする?」
「ピンポーン、大正解!」
「うっそ……詐欺じゃん……」
「えー詐欺は酷くない? 結構売れてる自信あったんだけどな~」
拗ねたように頬を膨らませる姿は、いつもの惡澤で、なんだかホッとした。だって、あの写真を見てから、まだ心臓が鳴り止まない。
これはあれだ。野良猫を拾ったと思ったら、実は虎だったみたいな、何となく捕まえたトカゲが、巨大なドラゴンになったみたいな、そんな感じのあれである。断じて、ときめいているわけではない。
「んー、じゃあ『𝑳𝒆𝒗𝒊𝒂𝒅𝒊𝒂』って名前は聞いたことある?」
「お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ。流石にそれくらいは知ってる」
今度は俺が口を尖らせる番だった。レヴィアディアといえば、世界でも有数のハイブランドだ。
洋服だけでなく、靴、鞄、香水、アクセサリーと幅広く事業を展開しており、現当主である『レヴィアタン・アルカディア』は、その経営手腕から新聞やニュースに取り上げられることも多い。
俺も何度か目にしたことはあるし、レヴィアディアの靴と洋服もいくつか持っていたはずだ。
「あれね~俺の一族が経営してんの」
「へぇー………って、……え!!??」
「みつるってファッション関係疎そうだしぃ、知らなかったらどうしようかと思ったぁ」
「や、おかしくないか? ……お前の名前って惡澤琉架だろ?」
「……………えへっ」
「いやえへってなんだ――まさか、名前も嘘だったのか!?」
「嘘じゃないよぉ~。ほら、レヴィアタンって名乗るとすぐバレるし、惡澤なら母方の苗字だから丁度いいかなって」
「……はぁ~~~」
腹の底から重たい息を吐き出して、両手で顔を覆い隠した。友達だと思っていた気持ちは、どうやら光の一方通行だったらしい。
別に、惡澤がモデルをやってたことも、レヴィアタンの一族だったこともどうでもいい。ただ、唯一知っていた名前すらも嘘だったのが、無性に悲しくてムカついた。
(どいつもこいつも、人を馬鹿にしやがって)
甘えたように頭を擦り付けて来た時も、馬鹿言いあって笑った時も、偽物の名前を呼ぶ俺のことを内心馬鹿にしていたのだろう。
目頭に熱いものが込み上げてきて、なんとか落ち着こうと、小さく深呼吸を繰り返す。泣きたくない、泣きたくないけど、視界が滲んでいくのを止められなかった。
「みつる~? ……え、もしかして泣いてる?」
「うるさい、あっちいけ」
「ねぇ、顔見せてよ」
は?
疑問符が浮かんだ瞬間に、顔を覆っていた両手が無理やり引き剥がされていく。涙目で見上げた顔の先に、恍惚とした顔で笑っている惡澤──悪魔がいた。
「……っはぁ~、やば、さいっこう……。ずっと見たかったんだよねぇ、みつるの泣き顔」
驚きで声も出ない。表面張力で持ち堪えていた涙は、瞬きに押し出されて頬を伝った。俺はただ、惡澤が一言謝ってくれたら、それで許してやろうって、もう嘘はつくなよって、仲直りするつもりだったのに。
「俺の名前はレヴィアタン・ディヴィア・琉架。改めて、婚約者としてよろしくねぇ」
「俺はまだOK出してないからな!!!」
嗚呼ご先祖さま、この度重なる苦難は何なのでしょう。俺がいったい何をしたって言うんですか。
問いかけた言葉に、当然返事など帰ってこない。呆然とする意識の隅で、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響くのを、どこか他人事のように聞いていた。
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