だって魔王の子孫なので

深海めだか

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全ての始まり

第六話

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チュンチュン、ピチチッ

 小鳥が囀り、朝の日差しが降り注ぐ通学路を、少年はあくびを噛み殺しながら歩いていた。



「ふぁ……」

 眠たさに閉じかけた視界の端を、いくつもの高級車が颯爽と走り去っていく。まったく、こんな山道をご苦労なことだ。遅刻しそうな時間帯でもないんだから、もっとゆっくり走ればいいのに。……まぁ、例え事故が起きたとしても、それはそれで面白いけど。

 そんな不謹慎なことを考えていると、一台の車が俺の真横に停まった。なんだか嫌な予感がして、即座に鞄を握りなおす。そのまま走って逃げようとした時、後部座席のドアが開いて、強い力で中に引き摺り込まれた。

「っ、うわ……ッ」

 よろめいた体は何かにぶつかり、ひとまず倒れることはなかった。衝撃に閉じていた瞼を開けると、入れ違いのようにドアがひとりでに閉まっていく。背中がやけに温かい。そう、ちょうど人肌みたい、な……。恐る恐る振り返った先には、嬉しそうに笑うがいた。

「おはよう、光」
「あ…まかつ…くん」

 心臓が驚きで止まりそうだった。

 光が固まっている間にも、車は滑るようにして動き出す。降りるという選択肢すらもなくなって、止まりかけた心臓が、今度は馬鹿みたいに動き始める。どくどく、どくどく、過剰な程の心音は、体をぴったりと寄せているこの男にも聞こえていることだろう。

 最悪だ。諦めたと思って油断したのが悪かった。送迎を断り、あまつさえ呑気に通学路を歩くなんて愚の骨頂。せめて、いつものように飛んでさえいれば、こんな事にはならなかったのに。自分の愚かさを、悔やんでも悔やみきれない。

「今日はいつもより眠そうだね。……あ、もしかして、婚約のことで悩んでたの?」
「え」

 こん、やく。こん…にゃく……?

 テンプレートな聞き間違いを思い浮かべていると、天勝の手が頬に触れた。自分より高い体温にゾッとする。

 すぐにでも叩き落としたいのに、後ろから抱きつかれた状態では、せいぜい腕を掴むことくらいしかできない。なんとか引き剥がそうとしても、力の差はあまりに歴然で、もうどうにも抜け出しようがなかった。

「あれ、違うのか。じゃあ悩むまでもなくOKってことだね、嬉しいな」

 待ってくれ、俺は『え』としか言っていない。驚きから出た一声の、どこをどう解釈すれば、その結論に至るのか。そもそもの思考回路が違いすぎて、宇宙人を相手にしているみたいだった。

 いや、まじで、何? 

 聞きたいことは山ほどあるのに、一周回ってシンプルな疑問しか浮かんでこない。結局のところ、全ての質問は"What"に帰結するのだ。でも、これだけは、この言葉の意味だけは聞いておかなければいけなかった。

「天勝くん。その、婚約って……何?」
「え? もう正式に話がいってると思うんだけど……」

 嫌な汗が背中を伝う。──耳元でふっと笑う気配がした。


「俺と、光の、婚約だよ」
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