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それはまだ序章にすぎない
第四話
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『𝔠𝔬𝔪𝔢』
兄さんがひとたび指を振ると、床に散らばっていた本たちが、吸い込まれるようにして棚に収まっていく。
魔王の一族だけが使える能力『言霊魔術』の応用だ。強大な呪文をいくつも使役することで、魔物たちを支配下に置いていたとされる古の王。
その能力が伝わったものだと言われているけど、多種族との婚姻を繰り返すうちに力も薄まり、今では朔魔家の人間にしか扱えなくなってしまった。
俺は物を引き寄せたり、炎や風を起こしたりすることくらいしかできないけど、兄さん――朔魔星黎は扱い方が飛び抜けて上手い。多分、元の魔力量からして違うんだろうけど、俺は兄さんが能力を使うところが好きだった。蒼光がふわっと舞って、目の前がパチパチーってして、優しい紫色が少しだけ濃くなるあの瞬間。言葉で表現するのは難しいけれど、とにかく、兄さんはカッコいいのだ。
「さすが兄さん!」
「ふふ、ありがとう。みつにも今度教えてあげようね」
「やった。俺あれがいい、透明になれるやつ」
「透明……ああ『𝔠𝔩𝔢𝔞𝔯』のことかな? あれはまだ難しいと思うけど」
「全身じゃなくてもいいんだ。このツノを消したいんだよ」
頭に生えたそれを、爪の先でこつこつと叩く。こんな些細な振動ではなんともないけれど、幼い頃にすっ転んで強打した時には、死ぬほど痛かったし大泣きした。
俺たちの一族は、生まれつきツノと翼をもっている。これは家柄や才能と同じくステータスとして扱われるけど、一般的に言えば全く逆だ。
ツノを持っている家系はそう多くはない上に、大半が嫌われ者の一族だから、ぱっと見の判断基準にされやすい。
有名どころで言えば鬼、ドラゴン、魔王、悪魔とか。この多種多様の時代にすら『ツノありお断り』なんて書いてる店もあるくらいだ。
「おや、消してしまうの? みつのツノ、私はとても好きなんだけどな」
その言葉に、ぴくりと頬を引き攣らせた。兄さんのことは大好きだし、その言葉に裏表がないことも知ってる。けど、どうしても思い出してしまうのだ。
『お兄様の方は、あんなにご立派なのに』
『本家の人間があの様なツノではなぁ……』
『性格が捻くれているから、あんなツノになるんだろう』
ひそひそと、最初に呟いたのは誰だったか。俺のツノは確かに小さめではあるけど、問題はそこじゃない。なによりも "ねじれている" のが駄目なのだ。
【ツノは大きく、真っ直ぐであるほど美しい】
【翼は大きく、黒一色であるのが望ましい】
馬鹿でもわかる評価基準で、実に素晴らしいことである。まぁそんなこんなで、幼い頃から囁かれ続けた言葉は、確実に俺の中の何かを歪めていった。性格でツノが変わるかよ。捻くれた性格にしたのは、事実お前らだってーの。
苦虫を噛み潰したような、光の表情に気づいたのだろう。大きな手に頬を包まれ、気まずさに逸らしていた目線が上を向く。
「そんな顔をしないで。みつのツノは、自由気ままな風みたいで素敵だよ。それに、遠くからでも一目でわかる」
「風…?」
「うん。右と左で捻れ方が違うでしょう? わかりやすく例えるなら――そうだね、右が竜巻で左が春風かな」
「ふはっ、何それ。そんなこと初めて言われた」
「ずっと思っていたことだよ。……でも、こんなに笑顔になってくれるなら、もっと早く言えばよかったね」
優しく頬を撫でられて、自分の心がスッと軽くなるのを感じていた。やっぱり兄さんはすごい。だって、ずっと嫌いだった自分のツノが、ほんの少しだけ好きになれたような気さえするのだ。
これも言霊魔術の一種なんだろうか。ふわふわとした頭でそんなことを考えていると、軽いノック音とともに部屋の扉が開いた。
「お待たせ致しました。お飲み物を――……おや? もうお話は終わってしまいましたかな」
「あぁじいや。今はね、みつのツノが可愛いって話をしていたんだよ」
「ほほぅ……。坊ちゃんが喜ばれていたのは、そのことだったのですか」
「違う違う! そうだ、すっかり忘れてた……」
目の前で進む会話を慌てて遮り、ぶんぶんと首を横に振る。
いけない。いつの間やら話が逸れてしまって、当初の目的をすっかり忘れていた。兄さんの時間を無駄遣いするな! このぽんこつ! 心の中で無能な自分を罵りながら、ようやく話を本筋に戻す。
「えーと、何から話せばいいのかな……。とりあえず、俺に付き纏ってた勇者の子孫って覚えてる?」
「あぁ、天勝家のご子息ですな」
「そう! そいつがね、やっと諦めてくれそうなんだ! もう4年も断り続けてたから、いい加減猫かぶるのも限界でさぁ」
「へぇ……その子、そんなにみつに纏わりついていたの」
「あれ? 兄さんには話してなかったけ」
散々愚痴を聞かされていた爺は、割れるほどの拍手で祝福してくれたけど、兄さんはどうもぴんと来ていない様子だった。反射的に首を傾げそうになって、それもそうかと思い直す。
兄さんは大学生でありながら、朔魔家の跡継ぎとして父さんの仕事を手伝っている。端的に言うと、めちゃくちゃ多忙なのだ。そんな兄に愚痴を聞かせ、無用なストレスを与えるなど、弟としてあるまじきこと。
思い返せば、確かに天勝のことは話したけれど、最近しつこい奴がいる、くらいにサラッと流したような気がする。
兄さんがひとたび指を振ると、床に散らばっていた本たちが、吸い込まれるようにして棚に収まっていく。
魔王の一族だけが使える能力『言霊魔術』の応用だ。強大な呪文をいくつも使役することで、魔物たちを支配下に置いていたとされる古の王。
その能力が伝わったものだと言われているけど、多種族との婚姻を繰り返すうちに力も薄まり、今では朔魔家の人間にしか扱えなくなってしまった。
俺は物を引き寄せたり、炎や風を起こしたりすることくらいしかできないけど、兄さん――朔魔星黎は扱い方が飛び抜けて上手い。多分、元の魔力量からして違うんだろうけど、俺は兄さんが能力を使うところが好きだった。蒼光がふわっと舞って、目の前がパチパチーってして、優しい紫色が少しだけ濃くなるあの瞬間。言葉で表現するのは難しいけれど、とにかく、兄さんはカッコいいのだ。
「さすが兄さん!」
「ふふ、ありがとう。みつにも今度教えてあげようね」
「やった。俺あれがいい、透明になれるやつ」
「透明……ああ『𝔠𝔩𝔢𝔞𝔯』のことかな? あれはまだ難しいと思うけど」
「全身じゃなくてもいいんだ。このツノを消したいんだよ」
頭に生えたそれを、爪の先でこつこつと叩く。こんな些細な振動ではなんともないけれど、幼い頃にすっ転んで強打した時には、死ぬほど痛かったし大泣きした。
俺たちの一族は、生まれつきツノと翼をもっている。これは家柄や才能と同じくステータスとして扱われるけど、一般的に言えば全く逆だ。
ツノを持っている家系はそう多くはない上に、大半が嫌われ者の一族だから、ぱっと見の判断基準にされやすい。
有名どころで言えば鬼、ドラゴン、魔王、悪魔とか。この多種多様の時代にすら『ツノありお断り』なんて書いてる店もあるくらいだ。
「おや、消してしまうの? みつのツノ、私はとても好きなんだけどな」
その言葉に、ぴくりと頬を引き攣らせた。兄さんのことは大好きだし、その言葉に裏表がないことも知ってる。けど、どうしても思い出してしまうのだ。
『お兄様の方は、あんなにご立派なのに』
『本家の人間があの様なツノではなぁ……』
『性格が捻くれているから、あんなツノになるんだろう』
ひそひそと、最初に呟いたのは誰だったか。俺のツノは確かに小さめではあるけど、問題はそこじゃない。なによりも "ねじれている" のが駄目なのだ。
【ツノは大きく、真っ直ぐであるほど美しい】
【翼は大きく、黒一色であるのが望ましい】
馬鹿でもわかる評価基準で、実に素晴らしいことである。まぁそんなこんなで、幼い頃から囁かれ続けた言葉は、確実に俺の中の何かを歪めていった。性格でツノが変わるかよ。捻くれた性格にしたのは、事実お前らだってーの。
苦虫を噛み潰したような、光の表情に気づいたのだろう。大きな手に頬を包まれ、気まずさに逸らしていた目線が上を向く。
「そんな顔をしないで。みつのツノは、自由気ままな風みたいで素敵だよ。それに、遠くからでも一目でわかる」
「風…?」
「うん。右と左で捻れ方が違うでしょう? わかりやすく例えるなら――そうだね、右が竜巻で左が春風かな」
「ふはっ、何それ。そんなこと初めて言われた」
「ずっと思っていたことだよ。……でも、こんなに笑顔になってくれるなら、もっと早く言えばよかったね」
優しく頬を撫でられて、自分の心がスッと軽くなるのを感じていた。やっぱり兄さんはすごい。だって、ずっと嫌いだった自分のツノが、ほんの少しだけ好きになれたような気さえするのだ。
これも言霊魔術の一種なんだろうか。ふわふわとした頭でそんなことを考えていると、軽いノック音とともに部屋の扉が開いた。
「お待たせ致しました。お飲み物を――……おや? もうお話は終わってしまいましたかな」
「あぁじいや。今はね、みつのツノが可愛いって話をしていたんだよ」
「ほほぅ……。坊ちゃんが喜ばれていたのは、そのことだったのですか」
「違う違う! そうだ、すっかり忘れてた……」
目の前で進む会話を慌てて遮り、ぶんぶんと首を横に振る。
いけない。いつの間やら話が逸れてしまって、当初の目的をすっかり忘れていた。兄さんの時間を無駄遣いするな! このぽんこつ! 心の中で無能な自分を罵りながら、ようやく話を本筋に戻す。
「えーと、何から話せばいいのかな……。とりあえず、俺に付き纏ってた勇者の子孫って覚えてる?」
「あぁ、天勝家のご子息ですな」
「そう! そいつがね、やっと諦めてくれそうなんだ! もう4年も断り続けてたから、いい加減猫かぶるのも限界でさぁ」
「へぇ……その子、そんなにみつに纏わりついていたの」
「あれ? 兄さんには話してなかったけ」
散々愚痴を聞かされていた爺は、割れるほどの拍手で祝福してくれたけど、兄さんはどうもぴんと来ていない様子だった。反射的に首を傾げそうになって、それもそうかと思い直す。
兄さんは大学生でありながら、朔魔家の跡継ぎとして父さんの仕事を手伝っている。端的に言うと、めちゃくちゃ多忙なのだ。そんな兄に愚痴を聞かせ、無用なストレスを与えるなど、弟としてあるまじきこと。
思い返せば、確かに天勝のことは話したけれど、最近しつこい奴がいる、くらいにサラッと流したような気がする。
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