だって魔王の子孫なので

深海めだか

文字の大きさ
上 下
3 / 38
それはまだ序章にすぎない

第三話 朔魔星黎

しおりを挟む
「光、一緒に帰ろう」
「僕たち家反対方向だよ」
「送っていくよ」
「遠慮します」

 またしてもちょっかいをかけてくる男に、最低限の返事だけを返しながら立ち上がる。本当は無視するのが一番なんだろうけど、クラスメイトが大勢見ている手前、そうもいかない。ただでさえ魔王の家系ってだけで嫌われているのに、勇者の子孫に冷たく当たっているところなんて見せたら――ほら、心象が悪いだろ? 

「じゃあ僕帰るから」
「待って、俺も行くよ」

 早足で歩き出した俺の後ろを、ぴったりとついてくるストーカーもとい勇者の子孫。もう、こいつマジで嫌い。

「やっぱり、今からでも遊びにおいでよ。もちろん勉強だって教えるしさ」
「ついてこないで。勉強なら兄さんに教えてもらうって言ったでしょ」
「でも――」

 ……ダメだ、抑えろ俺。まだ学校まだ学校まだ学校。苛立ちで爆発しそうな心を鎮めるべく、鞄につけているマスコットを力一杯握りしめた。

 もちもちした素材のそれは、高校に進学する時に、兄さんがプレゼントしてくれたものだ。既に何度もお世話になっているせいか、最近は少し柔らかくなってしまった。その手触りに少しだけ落ち着きを取り戻し、小さく深呼吸して、ストーカーに向き直る。

「あのね、天勝くん。僕と君の家は天敵同士だし、あんまり仲良くなりすぎるのは、お互いの為にならないと思うんだ」
「天敵同士だったなんて、もう何千年も昔のことじゃないか。俺は君のことがもっと知りたい。……駄目かな?」

 眉を下げながら小首を傾げる姿は実にあざとい。

 ……けど、これが俺ではなく、女子に向けられた台詞だったら100点だったのに。冷めた思考でそう考えながら、この変化球をどうやって打ち返そうか思案する。というか、ここまで優しく言ってあげてるんだから、いい加減に察して欲しい。
 その麗しい容姿と引き換えに、気遣いってやつを神様に抜かれたのか? こう、スポイトでちゅーっとさ。

「ごめん、今日は疲れてるから本当に無理」
「そうか……疲れているなら仕方がないな。じゃあまた明日!」
「え……っ、あ、うん。また、明日……」

 いつもなら最低5回は食い下がる筈なのに、天勝は思いの外あっさり帰っていった。あまりの嬉しさにゆるゆると口角が上がっていく。うわーマジか、ようやく飽きてくれたか。中等部の頃からほぼ毎日、4年に渡って跳ねのけ続けた苦労がやっと……やっと!

 あんまり嬉しくて思わず叫び出しそうだ。あいつさえ近づいて来なければ、猫を被るのもずっと楽になるし、ぐちゃぐちゃの弁当を食べなくて済む。いいこと尽くめどころか、いいことしかないのだ。

 帰ったら何をしようかな、なんて考えながら、軽い足取りで歩き出す。いつもの道が、今だけは黄金色に輝いて見えた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 巨大な門をくぐり抜けると、黒い薔薇たちが咲き乱れる広い中庭が見えてくる。その奥には立派な洋館が聳え立ち、屋根に止まった烏の群れが、少年の訪れを喜ぶようにガアガアと鳴き声をあげた。



「ただいまー!!」
「おかえりなさいませ。おや…機嫌がよろしいですね」
「そりゃあもうね! もう最高にいいことがあってさ!」
「ふぁふぁふぁっ、坊ちゃんがこんなにお元気そうなのはいつぶりでしょうか。爺は嬉しいですぞ」

 特徴的な笑い声をあげた老人は、白い髭を撫でつけながら嬉しそうに微笑んでいる。

「爺にも教えてやるから、後で兄さんの部屋に来て!」
「お紅茶は?」
「ダージリンをアイスで!」
「承知いたしました」

 一刻も早く話したくて、階段を二段飛ばしで駆け上がる。目指すは三階にある右奥の部屋、大好きな兄の部屋だ。

「聞いてよ兄さん! ようやくあいつが諦めたんだ!」
「――みつ、そんなに荒々しく開けてはドアが壊れてしまうよ」

 本棚の前で振り返った青年は、手にしていた本を数冊取り落とした。いきなり飛び込んできた少年に、余程驚かされたらしい。兄としてその行動を窘めながらも、紫色の瞳は溶けるように甘く、また愛おしそうに細められていた。

「……ごめんなさい、」

 兄さんを驚かせ、あまつさえ注意までさせてしまうなんて。その事実だけで、反省するには十分すぎるほどだった。

 学校では猫を被れていても、家に帰った途端、緊張の糸が切れてしまう。いつかは兄さんの補佐をすることになるんだから、もっと思慮深い、とまではいかなくても、せめて落ち着きのある人間にならなければ。

 開けっ放しだった扉をなるべく丁寧に閉めると、兄さんは優しく微笑んで、俺を手招きしてくれた。

「ちゃんと謝れて良い子だね。ほら、そんな所に立っていないで、もっと詳しい話を聞かせて」
「…っ、うん!」

 こくこくと過剰なほど頷いて、定位置である天鵞絨のソファに腰掛ける。柔らかなクッションを抱え込むと、甘くて優しい香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐった。俺が大好きな、兄さんの匂いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

過保護な不良に狙われた俺

ぽぽ
BL
強面不良×平凡 異能力者が集まる学園に通う平凡な俺が何故か校内一悪評高い獄堂啓吾に呼び出され「付き合え」と壁ドンされた。 頼む、俺に拒否権を下さい!! ━━━━━━━━━━━━━━━ 王道学園に近い世界観です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...