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それはまだ序章にすぎない
第三話 朔魔星黎
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「光、一緒に帰ろう」
「僕たち家反対方向だよ」
「送っていくよ」
「遠慮します」
またしてもちょっかいをかけてくる男に、最低限の返事だけを返しながら立ち上がる。本当は無視するのが一番なんだろうけど、クラスメイトが大勢見ている手前、そうもいかない。ただでさえ魔王の家系ってだけで嫌われているのに、勇者の子孫に冷たく当たっているところなんて見せたら――ほら、心象が悪いだろ?
「じゃあ僕帰るから」
「待って、俺も行くよ」
早足で歩き出した俺の後ろを、ぴったりとついてくるストーカーもとい勇者の子孫。もう、こいつマジで嫌い。
「やっぱり、今からでも遊びにおいでよ。もちろん勉強だって教えるしさ」
「ついてこないで。勉強なら兄さんに教えてもらうって言ったでしょ」
「でも――」
……ダメだ、抑えろ俺。まだ学校まだ学校まだ学校。苛立ちで爆発しそうな心を鎮めるべく、鞄につけているマスコットを力一杯握りしめた。
もちもちした素材のそれは、高校に進学する時に、兄さんがプレゼントしてくれたものだ。既に何度もお世話になっているせいか、最近は少し柔らかくなってしまった。その手触りに少しだけ落ち着きを取り戻し、小さく深呼吸して、ストーカーに向き直る。
「あのね、天勝くん。僕と君の家は天敵同士だし、あんまり仲良くなりすぎるのは、お互いの為にならないと思うんだ」
「天敵同士だったなんて、もう何千年も昔のことじゃないか。俺は君のことがもっと知りたい。……駄目かな?」
眉を下げながら小首を傾げる姿は実にあざとい。
……けど、これが俺ではなく、女子に向けられた台詞だったら100点だったのに。冷めた思考でそう考えながら、この変化球をどうやって打ち返そうか思案する。というか、ここまで優しく言ってあげてるんだから、いい加減に察して欲しい。
その麗しい容姿と引き換えに、気遣いってやつを神様に抜かれたのか? こう、スポイトでちゅーっとさ。
「ごめん、今日は疲れてるから本当に無理」
「そうか……疲れているなら仕方がないな。じゃあまた明日!」
「え……っ、あ、うん。また、明日……」
いつもなら最低5回は食い下がる筈なのに、天勝は思いの外あっさり帰っていった。あまりの嬉しさにゆるゆると口角が上がっていく。うわーマジか、ようやく飽きてくれたか。中等部の頃からほぼ毎日、4年に渡って跳ねのけ続けた苦労がやっと……やっと!
あんまり嬉しくて思わず叫び出しそうだ。あいつさえ近づいて来なければ、猫を被るのもずっと楽になるし、ぐちゃぐちゃの弁当を食べなくて済む。いいこと尽くめどころか、いいことしかないのだ。
帰ったら何をしようかな、なんて考えながら、軽い足取りで歩き出す。いつもの道が、今だけは黄金色に輝いて見えた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
巨大な門をくぐり抜けると、黒い薔薇たちが咲き乱れる広い中庭が見えてくる。その奥には立派な洋館が聳え立ち、屋根に止まった烏の群れが、少年の訪れを喜ぶようにガアガアと鳴き声をあげた。
*
「ただいまー!!」
「おかえりなさいませ。おや…機嫌がよろしいですね」
「そりゃあもうね! もう最高にいいことがあってさ!」
「ふぁふぁふぁっ、坊ちゃんがこんなにお元気そうなのはいつぶりでしょうか。爺は嬉しいですぞ」
特徴的な笑い声をあげた老人は、白い髭を撫でつけながら嬉しそうに微笑んでいる。
「爺にも教えてやるから、後で兄さんの部屋に来て!」
「お紅茶は?」
「ダージリンをアイスで!」
「承知いたしました」
一刻も早く話したくて、階段を二段飛ばしで駆け上がる。目指すは三階にある右奥の部屋、大好きな兄の部屋だ。
「聞いてよ兄さん! ようやくあいつが諦めたんだ!」
「――みつ、そんなに荒々しく開けてはドアが壊れてしまうよ」
本棚の前で振り返った青年は、手にしていた本を数冊取り落とした。いきなり飛び込んできた少年に、余程驚かされたらしい。兄としてその行動を窘めながらも、紫色の瞳は溶けるように甘く、また愛おしそうに細められていた。
「……ごめんなさい、」
兄さんを驚かせ、あまつさえ注意までさせてしまうなんて。その事実だけで、反省するには十分すぎるほどだった。
学校では猫を被れていても、家に帰った途端、緊張の糸が切れてしまう。いつかは兄さんの補佐をすることになるんだから、もっと思慮深い、とまではいかなくても、せめて落ち着きのある人間にならなければ。
開けっ放しだった扉をなるべく丁寧に閉めると、兄さんは優しく微笑んで、俺を手招きしてくれた。
「ちゃんと謝れて良い子だね。ほら、そんな所に立っていないで、もっと詳しい話を聞かせて」
「…っ、うん!」
こくこくと過剰なほど頷いて、定位置である天鵞絨のソファに腰掛ける。柔らかなクッションを抱え込むと、甘くて優しい香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐった。俺が大好きな、兄さんの匂いだ。
「僕たち家反対方向だよ」
「送っていくよ」
「遠慮します」
またしてもちょっかいをかけてくる男に、最低限の返事だけを返しながら立ち上がる。本当は無視するのが一番なんだろうけど、クラスメイトが大勢見ている手前、そうもいかない。ただでさえ魔王の家系ってだけで嫌われているのに、勇者の子孫に冷たく当たっているところなんて見せたら――ほら、心象が悪いだろ?
「じゃあ僕帰るから」
「待って、俺も行くよ」
早足で歩き出した俺の後ろを、ぴったりとついてくるストーカーもとい勇者の子孫。もう、こいつマジで嫌い。
「やっぱり、今からでも遊びにおいでよ。もちろん勉強だって教えるしさ」
「ついてこないで。勉強なら兄さんに教えてもらうって言ったでしょ」
「でも――」
……ダメだ、抑えろ俺。まだ学校まだ学校まだ学校。苛立ちで爆発しそうな心を鎮めるべく、鞄につけているマスコットを力一杯握りしめた。
もちもちした素材のそれは、高校に進学する時に、兄さんがプレゼントしてくれたものだ。既に何度もお世話になっているせいか、最近は少し柔らかくなってしまった。その手触りに少しだけ落ち着きを取り戻し、小さく深呼吸して、ストーカーに向き直る。
「あのね、天勝くん。僕と君の家は天敵同士だし、あんまり仲良くなりすぎるのは、お互いの為にならないと思うんだ」
「天敵同士だったなんて、もう何千年も昔のことじゃないか。俺は君のことがもっと知りたい。……駄目かな?」
眉を下げながら小首を傾げる姿は実にあざとい。
……けど、これが俺ではなく、女子に向けられた台詞だったら100点だったのに。冷めた思考でそう考えながら、この変化球をどうやって打ち返そうか思案する。というか、ここまで優しく言ってあげてるんだから、いい加減に察して欲しい。
その麗しい容姿と引き換えに、気遣いってやつを神様に抜かれたのか? こう、スポイトでちゅーっとさ。
「ごめん、今日は疲れてるから本当に無理」
「そうか……疲れているなら仕方がないな。じゃあまた明日!」
「え……っ、あ、うん。また、明日……」
いつもなら最低5回は食い下がる筈なのに、天勝は思いの外あっさり帰っていった。あまりの嬉しさにゆるゆると口角が上がっていく。うわーマジか、ようやく飽きてくれたか。中等部の頃からほぼ毎日、4年に渡って跳ねのけ続けた苦労がやっと……やっと!
あんまり嬉しくて思わず叫び出しそうだ。あいつさえ近づいて来なければ、猫を被るのもずっと楽になるし、ぐちゃぐちゃの弁当を食べなくて済む。いいこと尽くめどころか、いいことしかないのだ。
帰ったら何をしようかな、なんて考えながら、軽い足取りで歩き出す。いつもの道が、今だけは黄金色に輝いて見えた。
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巨大な門をくぐり抜けると、黒い薔薇たちが咲き乱れる広い中庭が見えてくる。その奥には立派な洋館が聳え立ち、屋根に止まった烏の群れが、少年の訪れを喜ぶようにガアガアと鳴き声をあげた。
*
「ただいまー!!」
「おかえりなさいませ。おや…機嫌がよろしいですね」
「そりゃあもうね! もう最高にいいことがあってさ!」
「ふぁふぁふぁっ、坊ちゃんがこんなにお元気そうなのはいつぶりでしょうか。爺は嬉しいですぞ」
特徴的な笑い声をあげた老人は、白い髭を撫でつけながら嬉しそうに微笑んでいる。
「爺にも教えてやるから、後で兄さんの部屋に来て!」
「お紅茶は?」
「ダージリンをアイスで!」
「承知いたしました」
一刻も早く話したくて、階段を二段飛ばしで駆け上がる。目指すは三階にある右奥の部屋、大好きな兄の部屋だ。
「聞いてよ兄さん! ようやくあいつが諦めたんだ!」
「――みつ、そんなに荒々しく開けてはドアが壊れてしまうよ」
本棚の前で振り返った青年は、手にしていた本を数冊取り落とした。いきなり飛び込んできた少年に、余程驚かされたらしい。兄としてその行動を窘めながらも、紫色の瞳は溶けるように甘く、また愛おしそうに細められていた。
「……ごめんなさい、」
兄さんを驚かせ、あまつさえ注意までさせてしまうなんて。その事実だけで、反省するには十分すぎるほどだった。
学校では猫を被れていても、家に帰った途端、緊張の糸が切れてしまう。いつかは兄さんの補佐をすることになるんだから、もっと思慮深い、とまではいかなくても、せめて落ち着きのある人間にならなければ。
開けっ放しだった扉をなるべく丁寧に閉めると、兄さんは優しく微笑んで、俺を手招きしてくれた。
「ちゃんと謝れて良い子だね。ほら、そんな所に立っていないで、もっと詳しい話を聞かせて」
「…っ、うん!」
こくこくと過剰なほど頷いて、定位置である天鵞絨のソファに腰掛ける。柔らかなクッションを抱え込むと、甘くて優しい香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐった。俺が大好きな、兄さんの匂いだ。
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