人生最高到達点

深海めだか

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過去の精算

※六話

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 指についた白濁を舐め取り、目の前の男は首を傾げる。

「フェラと後ろ、どっちが気持ちよかった?」
「っ、しね……!」
「だってほら、昔はウィッグつけてないとイケなかったでしょ。つまり僕のフェラ上手くなったか後ろが気持ちよかったかってことで…………あ、桜木くんのちんこが弱くなった可能性もあるか」
「ふざけんな!」

 何を言っても焼け石に水。のらりくらりと交わす態度に神経を逆撫でされる。

 昔からコイツはそういうのが上手かった。時にはおだてて時には口で丸め込み、いつしか自分のペースに引き摺り込む。
 結局、この苛立った感情すらもコイツの手の上で転がされているのだろうと思うと、無性に腹が立って自分の惨めさに泣きたくなった。

「金なら返すからこれ外せよ」
「なんで?」
「なんでってそんなの……──」

 燕ノ宮の体がゆらりと傾き、床から何かを拾い上げた。

「お金ならちゃぁんとあるでしょ」

 濡れた口もとに張り付く感覚。続く言葉は告げられず、その上からさらに柔らかいものが合わさった。長いまつ毛が一度触れて。

「ね?」

 空が天井に置き換わり、野暮ったいメガネと前髪が消え去ったとして、この男の本質は変わらない。

 まるであの日の再演だ。

「じゃあそろそろ入れるよ。力抜いて」
「ぅ、む"……~~!」

 ぢゅぬっ 
 丸い先端が入り込み、じわじわと奥に向かって進んでいく。

 痛い。苦しい。そもそも、いくらほぐされたとはいえ尻の穴は本来入れるための場所ではないのだ。
 圧迫感に加えて呼吸のしづらさが追い打ちをかけ、引っ込みかけていた涙が再びぶわりと溢れ出す。

 そもそも、汗だとか鼻水だとか涎だとか、そういうものでベシャベシャの顔に貼り付けられてしまったせいで、この口についた紙幣がなかなか剥がれてくれないのだ。これほど諭吉の耐久性を恨んだことは後にも先にもないだろう。

「ふ……っ、ぅ"……っ」
「また泣いてる。桜木くんって泣き虫なんだ」
「ぅ、ぐ……っ、ん"~~──っ!」
「ほんっとかぁわいい」
 
 ずんっと深く突き上げられ、酸欠に陥った脳が限界を迎える。遠のいていく意識の中、目が覚めたら俺はまだ高校生で、コイツと出会ったことから全て悪い夢であればいいと、そんな希望に縋り付いていた。

「~~~~ぁ"ッ!? ァ"っ、や、……~~っ!!」
「お帰り、いい夢見れた?」

 急に呼吸がしやすくなって、それと同時に背筋がぐぐっと反り返る。持ち上げられたままの足がなんとか逃げようと宙を掻き、シーツの上を滑っていった。

 過ぎた快楽は痛みと同じだ。
 わけも分からないまま目の前の体を蹴り付けて、後ろから抜け出てくる感覚さえ厭わずにベッドの上をずり上がる。その行いを、すぐに後悔することになるとも知らず。

「へぇ、なるほど」
「ぁ……や、……っちが、」
「やっぱり折ろうか。優しい優しい恋人を蹴り上げて逃げちゃうような足だもんね」
「違う!」

 恋人じゃない。優しくもない。でもそれを口にする勇気など今の俺には微塵もなかった。

 ただ、怖いことが嫌で痛いことから逃げたくて、足と背中を丸めたままダンゴムシみたいに縮こまる。
 どうせ好き放題するのなら、あのまま意識を失わせてくれれば良かったのに。ちがう、ちがうと続けざまに呟いても、待ち望んでいた許しが返されることはない。

「桜木くん」
「ひ……ッ」

 殴られる。反射的に目を閉じて、けれど恐れていた痛みがくることはなく、金属音だけが耳に届いた。
 恐る恐る目を開けて、自由になった手と燕ノ宮を見比べる。酷く楽しげに薄い唇が吊り上がった。

「おいで」

 たった三文字の言葉にこれほど恐怖を感じるなんて。犬扱いするなとか、命令するなとか、そんな些細な反抗は喉を震わせるだけで消え失せた。

 シーツに手をつき、ずり、と少し前に進む。近づくほどに息が上がって体がうまく動かない。それでも、

「いい子だね」
「……っ、は、……は、」
「じゃあはい、次は自分で入れてみて」

 許されたかと思ってしまった。
 髪を撫で、顎をくすぐり、まるで犬を可愛がるようにして触れてきた手が、今度は脇の間に入り込み体ごと膝の上へと引き上げる。どこに何を、なんて補足は必要なかった。

「む、むり、無理だって」
「なんで? さっきは上手に飲み込んでたでしょ」
「でもそれは……──っ、むり、嫌だ……」
「ふふっ、甘ったれだなぁ桜木くんは」

 耳元でくすくすと笑う声がして、逃げを打つ腰を引き寄せられる。やたら広いベッドの上、鎖は外されているはずなのに逃げ場なんてどこにもなかった。

「ヤダじゃなくてやれって言ってるの。痛い方がいいならそれでもいいけど」
「……~~ッ、……!」

 この人格破綻野郎。絶対絶対殺してやる。
 唇を強く噛み締めながら、それでも文句の一つも言えない俺は、側から見れば余程の小心者だろう。

 入口に触れる熱の生々しさに腰を引き、すこし戻って、また怖くなっての繰り返し。いっそ無理やり引き摺り落としてくれた方がどれほどマシか。沈黙の中、自分の荒い呼吸音だけが部屋に響き、焦りばかりが先走る。

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