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第十四章 改革

48話

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「はい、ご清聴ありがとうございました」

 幕を引くようなその声に、ハッとして意識を引き戻される。ルミナ―レの至宝ともいわれる白銀の髪をたなびかせ、薄い微笑はそのままに、彼は──セレディア殿下は言葉を続けた。

「世界創世記というものを真似てみたんだけど。どうだった?」

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 あれは数刻前のこと。

 時刻は既に深夜をまわっているにも関わらず、セラシェル様を見つけることはおろか、未だ手がかりすらも掴めていなかった。

 目撃情報はあるものの、そのどれもが「赤髪の男といるのを見た」というものばかり。その上、カデリア商会で姿を見たとの証言以降、行方はぱったりと途絶えている。
 そんな、完全に手詰まり状態とも言える中、ノックすらもなく部屋を訪れた殿下はこう言ったのだ。

 探し物はまだ見つかっていないらしい、と。

 あからさますぎる挑発の意。
 連れ去ったのは自分であると、そう言外に認めながら、殿下は不思議な話を口にする。
 
 はるか昔のそのまた昔、誰も知らないような神様の話を。

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「……どう、というのは」
「ちゃんと物語のようになっていたかと思って。どうせ話すなら分かりやすい方がいいでしょう」
「話の意図を先に教えていただけませんか。今の話とセシェルに何の関係があるというのです」
「さあね、少しは自分で考えてごらんよ。これでもかなり譲歩しているんだから」

 相当困惑しているのだろう、色の違う瞳が不安げに揺れる。しばらく無言の時間が続き、根負けしたというべきか、深いため息が部屋に響いた。

「ヴィシェーラ。俺はね、君を弟だと認めているんだ。兄弟たちの他に、魔力量で俺を上回る人間なんてまずいない。ただの人形とは規格からしてまるで違う。それは自分でも分かるだろう?」

 まるで幼い子どもにでも言い聞かせるかのように、殿下は鷹揚おうようと言葉を紡ぐ。先ほどの話だけでも理解が追いつかなかったのに「規格が違う」とは、一体どういう意味なのだろうか。

「君になら理解できると思って話した。今まで生きてきた中で、口にしたのは初めてだよ」
「兄上。理解できたとてセシェルには関係のない話でしょう。前世のことなど知る必要も意味もない」
「そうだね。俺だって最初はそう思っていたさ。あの子が思い出さなくても、昔みたいな笑顔のまま幸せでいてくれるならそれで良かった」

 深紫の目を細め、セレディア殿下は愛おしそうに呟いた。

「ならば何故──」

 余計な事を、とそう繋げようとしたのだろう。けれどその声は遮られ、剣呑な言葉が耳を打つ。殿下の顔に、もう微笑は浮かんでいない。

「流石に見ていられなくなったからだよ」
「…………っ、……!」

 ビリッ 肌を刺すような痛みが走り、無意識の内に体が跳ねた。
 よくよく目を凝らしてみれば、空気中に淡い紫の光が混じっている。これが肌に触れる度、鋭い痛みを引き起こすらしい。

「政務の合間に顔を出して元気そうだと安心した? 本と食事さえ与えていれば喜んでくれるだろうと本気で思った? こんな高い場所に閉じ込めて、植物も与えず、散歩もさせず。愛玩動物の方がまだマシな扱いだと思うけど」
「ッ、兄上に言われずとも、そんなことは分かっています。ですが、セシェルの安全のためには仕方のないことだった!」
「仕方ない、ねぇ」

 殿下は口もとに手を当てて、見たこともないような顔をした。腹違いと言えども流石は兄弟。悪巧みを思いついた時の表情はよく似ている。

「うんうん分かるよ。君はまだ十六年しか生きていないし、人間としても王としても未熟だもの。敵が多いのはし、守るため閉じ込めるのだって当然のこと。ならば、その結果あの子が死んでもということだよね」
「は……?」
「おや、本当に気づいてなかったの」

 ──いけない。

 捜索後、セラシェル様の体調不良についてはレオから報告を受けていた。だが、あえて伝えはしなかったのだ。
 セラシェル様が見つからないばかりか、連続誘拐事件の犯人が瀕死で捕まったこともあり、さらに事態は複雑化している。ここで情報を増やすのは愚策であると、そう判断したからだ。

「セレディア殿下、僭越せんえつながらその件については……──」
「君の発言は許可してない。まだこの場に留まりたいのなら黙っておいで」
「っは、失礼しました」

 すぐに頭を下げ、一歩退しりぞく。分かっていたことではあるが、そう簡単に横槍を受けてはもらえないらしい。

「兄上、お待ちを。セシェルがどうしたというのですか」
「でも君は何も知らされていないみたいだし、あの子が死んでもどうせことなんでしょう?」
「ッ、……ふざけるな! 私がそう思うと本気で仰っておられるのか!!」

 紫の光と凍てつく冷気。
 大気中に散ったそれらは、まるで意志を反映するかのように、互いに反発を起こし始める。

 ヴィシェーラ様が殿下相手にこれほど激昂されるとは。

 そんな現実逃避ともいえる感想を抱きながら、これ以上二人を刺激せぬよう、また一歩後ろに下がる。

「悔しいのなら自分でなんとかしてごらん。君の答えを聞くまでは、俺は何一つ教えてあげない」
「……──っ、」
「ヴィシェーラ、君には敵が多すぎる。まずはそれを変えなさい」

 正直なところ正論だなと思った。

 その魔力の高さ故、十六歳で王位を継ぎ、見目麗しく政務にも実直。本来であれば、もっと支持されるべきお人なのだ。それを妨げているのは、ひとえに性格による部分が大きい。

「別に、永遠に引き離そうとしてるわけじゃないよ。もしそうなら、あの子を連れてとっくに逃げてる。でも君があまりに不甲斐ない姿を見せるなら、このまま姿を消すかもね」

 さらりと恐ろしいことをいうものだ。それを実行に移すだけの力があるから、尚のこと。
 何も言えずに押し黙ったままの弟を見やり、殿下は扉に手をかけた。

「じゃあ、今日のところはこれで帰るよ。まだ力の制御が出来ていないせいで、屋敷の中が酷い有り様なんだ。起きた時、隣にいてあげないと不安だろうから」
「………兄上、最後にひとつだけ教えてください」
「何?」
「その……セシェルは無事、なんですよね」
「まぁそれくらいはいいか」

 殿下はひとりでに頷いて、無事であると口にした。何一つ教えないと言っていた割に、存外優しいところもあるらしい。

「は、良かった……」

 途端に力が抜けたのか、ヴィシェーラ様が膝をつく。何度も何度も噛み締めるように呟くその様子は、普段の姿からは想像もできないほどの弱々しさだ。

「明日、また来るよ。その時は君の答えを聞かせて欲しい。勿論、俺にできることなら何でも協力してあげるから、精々上手く使ってごらん」

 殿下はひらひらと手を振って、重い扉の向こうに消えていく。その靴音が聞こえなくなってから、ようやくほんの少しだけ、呼吸が楽になったような気がした。
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