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誰かの記憶

44話

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昔々のそのまた昔、父さんは、俺たち兄弟を創りました。兄弟は全部で九人います。
ルス、フォンセ、スエロ、フランム、リオート、ヒュドール、アイレ、そしてイエルバ。

それぞれが特異な力を与えられ、真っ白な世界に、色を増やしていきました。
そうしてようやく、世界の形ができあがった頃。父さんは頼んでもないのにお礼として、不出来な人形を創ります。

「………なんだこれは」
「俺だって知らねぇよ。なんか、父さんが置いてった」
「うーん、形は僕らに似てるけど」

兄弟たちは首を傾げ、口々に意見を交わします。
不死性もなく、魔力もなく、かといって何かに長けているでもない。
父さんに返そうと、兄弟のひとりが言いました。
みんな揃って頷きましたが、何度足を運んでも、薄情なことに顔すら見せてくれません。

「ああもう! 父さんって、あんなに頑固だったっけ」
「まさか引き取ってくれないとはねぇ……。それにしても、せめて用途くらいは教えて欲しいんだけれど」
「いっそのこと全部壊してみましょうか。少し目を離した隙に、何だか増えているようですし」

─そう。処遇を考えている間にも、人形たちは番い、子を成すことで、その数を増やし続けていきました。俺たち兄弟は逃げるように隠れ住み、不満をつのらせるだけの日々。そんな時、末の弟がこう言います。

「僕、話してきてみようかな」

好奇心旺盛な弟は、ずっと人形たちを眺めていました。遠く遠く、見つからないよう、特別に生やした巨木の上から。
それでも、ついに我慢できなくなったのでしょう。静止の声を振り切って、彼は人形たちに会いに行ってしまいます。


それが、全ての始まりでした。




イエルバが間を取り持ってくれたことで、人形と俺たちは、いい関係を築けたかのように見えました。けれど、それも長くは続きません。

ある時、体の不調を治して欲しいという訴えを、
ルス兄さんが叶えてやりました。

次に、作物のため雨を降らせて欲しいとの訴えを
ヒュドールが。

夜を短くして欲しいとの訴えをフォンセ兄さんが。

すっかり味を占めたのでしょう。要求は日を増すごとに大きくなり、人形たちの欲望には、とても際限がありません。

「ねぇ……どう思う?」

ある日の朝、ヒュドールがぽつりと呟きました。青い瞳が見据えているのは、人形たちと笑い合う弟の姿。重たい沈黙の後、フランム兄さんが口を開きます。

「まあ、肩入れしすぎだな。あいつは頼られるのが好きだから、何かとほっとけないんだろ」
「……それを言うなら、スエロ兄様だってそうじゃん」
「ちょっと、僕を巻き込まないでよ。僕が頼られて嬉しいのは兄弟たちと父さんだけ。騒がしい人形よりかは、まだ土塊つちくれの方が可愛いね」
「あっはは、そりゃ確かにそうだ!」
「も~、笑い事じゃないのに」

ヒュドールは不満げに口を尖らせ、寝る必要がないのに、目を瞑ったままの人影を揺さぶります。

「ほら、リオート兄様からも何か言ってやって」
「………そうですね。直接言っても聞かないでしょうし、やはり人形たちを氷漬けにして、沈めてしまう方が早いのでは?」
「ちょっと待って。……それ、もしかして海に沈めようとしてる? 絶対やめてよ! 俺のテリトリーに変なものいれないで!」
「そうだぞリオート。大体、お前は何でそう極端なんだ。そんな荒っぽいやり方をすれば、父さんの怒りを買うに決まってる。この前だって──」

あわや説教が始まるかという時に、穏やかな声が、それを遮りました。

「待って、フォンセ。確かにリオートの言うことも一理あるかもしれないよ」
「………ルス」
「だってほら、故意じゃなければいいんでしょう?」

再びあたりに沈黙が降りて、皆一様に、色違いの瞳を瞬かせました。最初に笑い声を上げたのは誰でしょう。あの真面目なフォンセ兄さんですら、その口もとは、隠しきれないほどに歪んでいました。

「トゥオーノも降りておいで。大事な話をしよう」

それからは知っての通り。俺たち兄弟は袂を分かって、世界各地へと散らばりました。何十、何百の月日が流れる中、ただひとつの合図だけを心待ちにして。



その日は雪が降っていました。雲一つない青空に、凍えるほど美しい、見事な雪が。

「トゥオーノ様! っ、急ぎお耳に入れたいことが」
「……何、騒がしい」
「他国からの宣戦布告です。この書状が届いた頃には攻撃を開始すると……!」

兵士が言い終わらないうちに、ひどい衝撃があたりを揺らします。窓の外に見えるのは、雪と一緒になって降り注ぐ、金色こんじきの弓矢。あまりにも数が多いせいで、遠目から見たその様子は、まるで光の雨にも見えました。

「ああ………待ってたよ、兄さん」
「ッ、トゥオーノ様、早くご指示を!!」
「うん、もちろん応戦するよ。兵士じゃなくてもいい、戦える者を片っ端から城に集めて」
「承知いたしました」

兵士は何の疑問も持たず、転がるようにして、広い廊下を駆けていきます。もし戦える者を全て集めてしまったなら、この国を守る人形は、いなくなってしまうというのに。脳もなく従うだけの、馬鹿な人形たちなのです。

「もうすぐ会えるね」

窓に優しく手をあてて、小さく小さく呟きました。吐息で曇ったガラスの向こう。光の矢が降り注ぐ町の、幻想的な風景を眺めながら。
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