33 / 55
第九章 妖精
30話
しおりを挟む
代わり映えのしない朝。いつものように部屋を訪れた友人(仮)は、事もなげにこう言った。
『連れて行ってあげようか』
『えっ』
『温室、行ってみたいんでしょ?』
『い…いいの!?』
『うん。この時間帯なら見張りもいないしね』
確かに、数回逢瀬を重ねたあたりから『植物が見たい』『散歩に行きたい』と愚痴を溢していたけれど、それは叶うはずのない夢であり、ただのストレス解消のつもりであった。
なのに、なのに。まさかこんなチャンスがくるなんて!
正直、自分でも目が輝いてる自覚はあった。下手をすれば新薬の配合を思いついた時より、……いや、アネモス草を見つけた時より嬉しいかも知れない。それ程までに、植物に飢えていたのである。
『じゃあ行こう』
「う、わっ……!」
腕を強く引っ張られて、気づいた時には窓から身を乗り出していた。反射的に目を瞑ったけれど、いつまで待っても恐れていた衝撃は襲ってこない。
それどころか、体中が変な浮遊感に包まれていて、ふわふわというか、ふらふらというか、とにかく変な感じだった。
『なーに怖がってるの? 早く目開けなよ』
『ま、待って、どうなってるのこれ』
『三つ数えるうちに開かないと落とすよ。さーん、にー』
『ちょッ……開ける、開けるから落とさないで!』
本当は閉じたままでいたいけど、落とされるなんて聞いてしまえば、そうも言っていられない。
――ええい、もうどうにでもなれ!
そんな思いで目蓋を開くと、そこに映っていたのは、信じ難い光景だった。どこまでも広がる青い空と城下町。そこまではまだいい。……いいのだけど、問題は足元にあった。
不思議なことに、遥か下の方に地面が見えて、本来であれば土を踏み締めているはずの足が浮いている。もっといえば、足だけでなく、体全体が浮いていた。
「えっ…えええ! むぐっ……」
『ちょっと、叫ばないでよ。流石にバレる』
『ご、ごめん』
『とりあえず移動しようか。時間が勿体ないからさ』
ニンファが指を鳴らすと、どこからか柔らかな風が吹いて、僕たちの体をふわりと運んでいく。本当に不思議な感覚だけど、イメージだけで言えば、植物の"綿毛"に近いと思う。種子を遠くまで運ぶため、風に乗せて運ばせる方法だ。
『これはねぇ、重力操作と風魔法をアレンジした俺オリジナルの魔法だよ。ふわふわしてて楽しいでしょ?』
風に運ばれて行く最中、さらりと吐かれた言葉に、思わず目を見開いた。ただでさえ難易度の高い重力操作を、風魔法と同時に使っているだなんて。
魔法に詳しくないセラシェルでも、その異常さがわかるほどだった。けれど、恐ろしいのはそれだけではない。ニンファは自分だけでなく、僕にも魔法をかけている。つまり、魔力も魔法式も通常の倍は必要なはずなのだ。
『そ…れって、難しいなんてレベルじゃないだろ』
『んー、まぁそこらへんの学者なら泡吹いて倒れるだろうね~』
『……ニンファってやっぱり妖精なの?』
『あははっ、サシェが言うならそうなのかも。――ほら、見えてきたよ』
ニンファが指差した方向には、ガラス張りの大きな建物があった。すごく大きくて綺麗だけど、周りに人の気配はなく、見張りの兵士すら見当たらない。
『本当にここ? 見張りの人とかいないの?』
『ルミナーレ城に忍び込んで、わざわざ植物を盗むような馬鹿はいないよ。……まぁ、開門したら流石に見張りはつくけどね』
『へぇー、そうなんだ』
入口らしき場所に降りると、地面があるのに、まだ浮いているような感じがした。馬車酔いともまた違う、足元がおぼつかない不思議な感じ。……なんか、気持ち悪いかも。
吐くほどではないけれど、どうにも真っ直ぐ歩けない。とうとうしゃがみ込んだ僕を置いて、薄情な友人は、先へ先へと進んでいく。大きなガラス扉はあっさり開いて、まるでニンファを迎えているかのようだった。
『もう、いつまで座ってるの』
『ごめ……ちょっと、変な感じで……』
『残念だなぁ。サシェのだーいすきな植物がこーんなにあるのに』
『植物……? ――そうだ、薬草!!』
煽るようなその声に、ようやく本来の目的を思い出す。そうだよ、僕は植物を見にきたんじゃないか。こんなところで座り込んでる場合じゃない。
『わっ…! ははっ、そうこないとね』
勢いよく立ち上がれば、戻ってきたニンファと危うくぶつかりそうになる。けれど、もう僕の頭の中には植物のことしかなくて、ふらふらとした足取りのまま、温室の入口へと吸い込まれていった。
『連れて行ってあげようか』
『えっ』
『温室、行ってみたいんでしょ?』
『い…いいの!?』
『うん。この時間帯なら見張りもいないしね』
確かに、数回逢瀬を重ねたあたりから『植物が見たい』『散歩に行きたい』と愚痴を溢していたけれど、それは叶うはずのない夢であり、ただのストレス解消のつもりであった。
なのに、なのに。まさかこんなチャンスがくるなんて!
正直、自分でも目が輝いてる自覚はあった。下手をすれば新薬の配合を思いついた時より、……いや、アネモス草を見つけた時より嬉しいかも知れない。それ程までに、植物に飢えていたのである。
『じゃあ行こう』
「う、わっ……!」
腕を強く引っ張られて、気づいた時には窓から身を乗り出していた。反射的に目を瞑ったけれど、いつまで待っても恐れていた衝撃は襲ってこない。
それどころか、体中が変な浮遊感に包まれていて、ふわふわというか、ふらふらというか、とにかく変な感じだった。
『なーに怖がってるの? 早く目開けなよ』
『ま、待って、どうなってるのこれ』
『三つ数えるうちに開かないと落とすよ。さーん、にー』
『ちょッ……開ける、開けるから落とさないで!』
本当は閉じたままでいたいけど、落とされるなんて聞いてしまえば、そうも言っていられない。
――ええい、もうどうにでもなれ!
そんな思いで目蓋を開くと、そこに映っていたのは、信じ難い光景だった。どこまでも広がる青い空と城下町。そこまではまだいい。……いいのだけど、問題は足元にあった。
不思議なことに、遥か下の方に地面が見えて、本来であれば土を踏み締めているはずの足が浮いている。もっといえば、足だけでなく、体全体が浮いていた。
「えっ…えええ! むぐっ……」
『ちょっと、叫ばないでよ。流石にバレる』
『ご、ごめん』
『とりあえず移動しようか。時間が勿体ないからさ』
ニンファが指を鳴らすと、どこからか柔らかな風が吹いて、僕たちの体をふわりと運んでいく。本当に不思議な感覚だけど、イメージだけで言えば、植物の"綿毛"に近いと思う。種子を遠くまで運ぶため、風に乗せて運ばせる方法だ。
『これはねぇ、重力操作と風魔法をアレンジした俺オリジナルの魔法だよ。ふわふわしてて楽しいでしょ?』
風に運ばれて行く最中、さらりと吐かれた言葉に、思わず目を見開いた。ただでさえ難易度の高い重力操作を、風魔法と同時に使っているだなんて。
魔法に詳しくないセラシェルでも、その異常さがわかるほどだった。けれど、恐ろしいのはそれだけではない。ニンファは自分だけでなく、僕にも魔法をかけている。つまり、魔力も魔法式も通常の倍は必要なはずなのだ。
『そ…れって、難しいなんてレベルじゃないだろ』
『んー、まぁそこらへんの学者なら泡吹いて倒れるだろうね~』
『……ニンファってやっぱり妖精なの?』
『あははっ、サシェが言うならそうなのかも。――ほら、見えてきたよ』
ニンファが指差した方向には、ガラス張りの大きな建物があった。すごく大きくて綺麗だけど、周りに人の気配はなく、見張りの兵士すら見当たらない。
『本当にここ? 見張りの人とかいないの?』
『ルミナーレ城に忍び込んで、わざわざ植物を盗むような馬鹿はいないよ。……まぁ、開門したら流石に見張りはつくけどね』
『へぇー、そうなんだ』
入口らしき場所に降りると、地面があるのに、まだ浮いているような感じがした。馬車酔いともまた違う、足元がおぼつかない不思議な感じ。……なんか、気持ち悪いかも。
吐くほどではないけれど、どうにも真っ直ぐ歩けない。とうとうしゃがみ込んだ僕を置いて、薄情な友人は、先へ先へと進んでいく。大きなガラス扉はあっさり開いて、まるでニンファを迎えているかのようだった。
『もう、いつまで座ってるの』
『ごめ……ちょっと、変な感じで……』
『残念だなぁ。サシェのだーいすきな植物がこーんなにあるのに』
『植物……? ――そうだ、薬草!!』
煽るようなその声に、ようやく本来の目的を思い出す。そうだよ、僕は植物を見にきたんじゃないか。こんなところで座り込んでる場合じゃない。
『わっ…! ははっ、そうこないとね』
勢いよく立ち上がれば、戻ってきたニンファと危うくぶつかりそうになる。けれど、もう僕の頭の中には植物のことしかなくて、ふらふらとした足取りのまま、温室の入口へと吸い込まれていった。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
過食症の僕なんかが異世界に行ったって……
おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?!
ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。
凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで
橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。
婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、
不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。
---
記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘!
次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。
---
記憶は戻りますが、パッピーエンドです!
⚠︎固定カプです
賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。
かるぼん
BL
********************
ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。
監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。
もう一度、やり直せたなら…
そう思いながら遠のく意識に身をゆだね……
気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。
逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。
自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。
孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。
しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ
「君は稀代のたらしだね。」
ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー!
よろしくお願い致します!!
********************
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる