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17.冷たい勝利

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風の刃は一瞬の隙も与えず、祝詞を追い詰め続ける。祝詞はその攻撃を受け流しながら、何とか体勢を整え、次の手を打とうと必死になっていた。だが、風の勢いは止まらず、祝詞の体力を徐々に削っていく。

祝詞は冷や汗をかきながら、風の刃を何とか避け続けていたが、限界が近づいていることを感じていた。攻撃の手数を増やし続ける春に対して、彼は心の中で闘志を燃やしつつ、最後の一手を考え始めた。

祝詞は内なる声に耳を傾け、自分の中に眠る力を信じた。このままでは終わるわけにはいかない。何としても、この状況を打破しなければならない。

祝詞には勝てる自信はあったが、この先のことを考えると決して大技を使うわけにはいかなかった。大技に見えないように大技を決めるしかなかった。

その時、ふと古美華との会話が頭に浮かんだ。雪の降る夜。縁側で二人並んで座っていた時のことだった。

「なぁ、古美華。こんなに圧倒的な力を持っているのに、どうして優勝者が理人さんだけなんだ?」

「氷の神はね、特別なの。どの神よりも特別。」

「どういう意味だ?」

「あのね、氷の神なんてもの存在しないのよ。あるのは水…かな。」

「…なら、氷の神ってなんだ?」

「昔ね、ずーーっと昔。神様の時代。私たち九神がヒトだった頃、魔の神を悪とし、戦い、そして神を倒した。でも、その神様はこの世界のバランスを整える重要な存在だったの。なのに、愚かな私たちはそれを倒してしまった。」

「…人間がやりそうなことだな。」

「えぇ。そうよ。魔の神が倒される前に、魔の神は私たちに力を与えた。火、水、風、地、草木、雷、光、闇。そして、私には魔の神の記憶が渡された。」

「記憶…。」

「神の記憶ってね…、とっても…冷たいの。凍ってしまうほどに。」

「それで氷?」

「えぇ。わけがわからないでしょ?」

「理解はし難いな。」

「神の心は凍ってたのよ。それくらいのメンタルがないと神なんてやっていけないのよ。どこまでも冷たく、どこまでも冷酷に…。当時の私は男だったけれど、しばらくの間涙が止まらなかったわ。」

その言葉が今の祝詞に力を与えていた。彼は、自分が持つ特別な力を信じ、そして古美華の言葉を胸に刻んでいた。「神の心は凍ってた」という言葉の意味を、彼は今まさに体現しようとしていた。冷静に、冷酷に。そして、その冷たさを力に変えることで、勝利を掴み取る決意を固めた。

祝詞は深く息を吸い込み、冷気を集め始めた。彼は心の中で古美華の言葉を反芻し、自分の力の真髄に触れようとしていた。そして、ゆっくりと手を前に出し、氷の結晶を作り出し始めた。その結晶は小さく見えるが、その中に無限の冷気を秘めていた。

――これで終わらせる。

祝詞は、その結晶を風に乗せて放った。結晶は一瞬で空中を飛び、春に向かって一直線に突き進んだ。

春はその動きを見て、風を操作しようとしたが、祝詞の結晶は予想以上の速度で迫ってきた。彼はその力に驚きつつも、自分の身を守るために全力で防御に徹した。しかし、その防御を突き破るように、祝詞の氷の結晶は彼に到達した。

「冷たく、冷酷に…」

祝詞の力が発揮された瞬間、春の周囲に広がる風が一瞬で凍りつき、彼の動きを完全に封じ込めた。その圧倒的な力を前に、春は身動きが取れなくなった。しかし彼は、祝詞に一矢報いるために最後の力を振り絞っていた。

春は冷気に包まれながらも、微かに動く指先で風を操り始めた。彼は祝詞の黒衣を狙い、風の刃を放つ。祝詞が目を離した隙を狙って、彼の衣服を剥ぎ取ろうと企んでいた。

「このままじゃ終われない…せめて…」

春の意志は強く、彼は祝詞の力に対抗するために全てを賭けた。その狙いは祝詞の衣を剥ぎ、氷床ノ宮の代表である証を露わにすることだった。それが、今後の戦いで祝詞を不利にする鍵になると考えていた。

祝詞は、春のわずかな動きに気付いた。冷気の中でも、彼の集中力は途切れることがなかった。

――くそ、まだ動けるのか…。

祝詞はすぐに氷の力を使い、風の刃を防ぐための防御壁を作り出した。春の狙いを理解し、その攻撃を無力化しようと必死だった。氷の壁は次々と風の刃を弾き、春の最後の抵抗を防いでいた。

しかし、その瞬間、春は祝詞の顔を覆う黒い布と頭巾を取り去ることに成功した。「やった…」と春の声が響く。だが、露わになったのは、滅茶苦茶に白粉が塗られた顔に麻呂眉毛という、滑稽極まりない祝詞の顔だった。

周囲には一瞬の沈黙が流れ、次の瞬間には神々も観客も爆笑に包まれた。誰もが笑いを抑えきれず、春も腹を抱えて大笑いした。

「ぷはっ!!なんだよそれ!!お前っ!!はははは!!」

祝詞は冷酷な表情を崩さず、春に近づいてトドメを刺す。

「…やっぱ、お前最高だよ」と春は笑いながら最後に友達としての顔を見せた。祝詞は春に槍を突き刺した。だが、それは見かけだけで、実際には春の全身を凍らせて絶命させたのだ。

会場が大笑いに包まれる中、祝詞の滑稽な顔には涙が流れていた。その涙は、決して笑いのせいではなく、友人としての情と戦いの終焉に対する複雑な感情からだった。彼は春との戦いに勝利したものの、心の中には友情の温もりが残っていた。

祝詞は凍りついた春に向かって静かに囁いた。「春。やっぱりお前は、俺の友達だよ。」その言葉は、風に乗って消えていったが、彼の心の中で確かに響き続けた。

祝詞は深く息を吸い込み、冷静さを取り戻した。気付けば、彼はすでに宴会場に戻っていて、古美華の隣に座っていた。目の前の光景が一瞬で変わり、祝詞は少し戸惑いを覚えたが、すぐに現実を把握した。

古美華は祝詞を見て、あわてて頭巾を被せ、何も言わずに彼を抱きしめた。彼女の体は微かに震えており、祝詞の心に暖かい感情が広がった。彼は彼女の震えを感じ取り、優しく背中を撫でた。

その時、祝詞の視線は鈴流の隣に座る春に向かった。春は椅子からドサッと音を立てて倒れ、意識を失ってしまっているようだった。祝詞は、ゲーム中に死んでも実際には死なないと聞いていたが、どうやら凍り付いた影響で春は完全に意識を失っているらしい。鈴流は笑顔を絶やさず、倒れた春を放置していた。彼の態度にはどこか不気味さがあり、祝詞は不安を覚えたが、内心の動揺を抑え込んだ。

宴会場は神々の歓声と笑い声で満ちており、祝詞の戦いの結果もあって、盛り上がりは最高潮に達していた。祝詞の滑稽な顔はすでに宴会のハイライトとして記憶されているようで、皆がその話題で持ち切りだった。魔の神も満足そうに高座に腰を沈め、宴を楽しんでいた。

その夜の宴会は長く続き、次第に終わりの時を迎えた。魔の神が立ち上がり、軽く手を振ると、九神たちも一斉に頭を下げた。そして、魔の神が退場し、続いて他の神々も一人ずつ退出していった。

やがて宴会場には、氷の神である古美華と風の神である鈴流の二人だけが残った。祝詞は、古美華と鈴流がどんな言葉を交わすのか気になり、静かに耳を傾けた。

古美華は冷静な表情を保ちながら、春の倒れた姿を見つめていた。彼女の目には何か思案の色が浮かんでいるようだった。鈴流はそんな彼女の様子を横目で見て、軽く肩をすくめた。

鈴流はそんな彼女の様子を横目で見て、軽く肩をすくめた。

「なぁ、古美華はん。屋上で言ったこと覚えとりますか?」

「えぇ…。」

「今がその時や思うんですけど。」

「…本当にいいの?」

「この子の夢は、母親と会うことなんです。捨てられたみたいで。」
鈴流はどこか遠くを見つめるように語った。

「皆そんなものでしょ。」
古美華は少し冷ややかに返す。

「せやけど、春の母親は最低なお人で、会う価値もないんですわ。」
鈴流の声は、少し震えていた。彼の顔に張り付いた笑顔が、かえって悲しげに見える。

「なら、どうして本懐のプレイヤーに選んだの?」

「あんさんと同じや。」
鈴流は小さく笑い、彼の声には決意がこもっていた。

「干渉したくなった…のね。」
古美華は、その言葉の重みを噛み締めるように呟く。

鈴流は静かに頷いた。その様子を見て、古美華は少し微笑み、祝詞に視線を向けた。

「わかったわ。祝詞君、少し頼んでいい?」

祝詞は驚きながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。

「この子を一時的に冷凍してくれる?とびっきりキツイやつでお願い。」

祝詞はその言葉に戸惑いを隠せなかった。春を冷凍するというのは、彼にとって予想外のお願いだった。彼は少し躊躇したが、古美華の真剣な目を見て、すぐに決意を固めた。

「分かった。」

祝詞は静かに答えた。一番強力な冷凍方法を使うことに少し抵抗を感じていたが、状況がそれを求めていることを理解していた。

祝詞は春の黒頭巾を優しく外し、その額にそっと唇を押し当てた。その瞬間、強烈な冷気が春の体を包み込み、彼はスーッと音を立てるように凍りついていった。

「後は大切に保存してね。」と古美華は鈴流に向かって静かに言った。

「おおきに…。」鈴流は微かに震える声で応じ、春を壊さないように慎重に風で包んだ。その背中は、どこか寂しげで、涙を隠しているかのように見えた。

祝詞と古美華は鈴流に別れを告げ、その場を後にした。彼らの歩みはゆっくりとしたもので、それぞれの思いを胸に抱きながらの帰路だった。

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