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1.金の瞳のキツネ

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 知らない人に名前を教えちゃいけません。って小さい頃は口を酸っぱくして言われてたんだけど、ついうっかりってあるよね。そんなことを思いながら俺は超絶美貌の男の腕に抱かれていた。

「ヤマダソラ、食事中に心ここにあらずというのは、お前はマナーがなっていないな」

 いやそれ、食事する側のマナーであって、される側のマナーじゃないしね。

 首元にかっぷりと食いついた顔のいい彼のことを横目でみようとしてあきらめる。甘いバラの香りをまとった彼は本当にきれいな顔をしている。大口を開けておれに食いついている今もその美貌はそこなわていないのは容易に予想できる。

 耽美派の画家が好んで描きそうな浮世離れした男にしっかりと抱きしめられている平凡な平たい顔の民族の俺は、今までの人生で味わったことのなかった多幸感に酔いしれる。だらりと垂れた四肢は俺の意志では動かすことができないほど弛緩している。

 (俺この先どうなるんだろう・・・・)

 マナーのよろしい彼は俺のことをしっかりと抱きしめながら一滴もこぼさず俺の血を吸い続ける。
 冷たい唇と舌の動きに甘い香りも相まって酩酊状態の俺は目を閉じた。

 (寝たらマナー違反って、また言うのかな・・・・)

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 それは10月半ばの放課後のことだった。

「あぁぁ!もう!!なんで仮装してるの?明日のパレードまでは仮装禁止って言ってありますよね?きみ、どこの部?」

 俺は真っ黒なマントを羽織ったひょろりとした姿を校内で見つけて駆け寄った。

 秋の日は落ちるのが早い。窓の外は真っ暗で体感的にはもうとっくに夜だ。廊下の明かりの下に立つ黒マントはたった一人で何をしているんだろう。
 最後の追い込みで設営をしていた奴らもさっき追い出したはずなのに、職員室で報告をまっている生徒会担当の先生に見つかると嫌な顔されるなとちらりと思う。

 最後の学園祭の前日に問題を起こされるのはごめんだ。卒業後の進路が決まってるからって学祭の実行委員長なんて面倒くさい役割を押し付けられたのが1ヶ月半前。それから連日の細々した打ち合わせで俺の神経も体力もかなり消耗していた。

 だから、近くに寄るまで、そいつがやたらときれいな顔してることに気づかなかったんだ。

 カラコンをいれているのか長いまつげに囲まれた金の瞳。すっと通った鼻筋に俺より頭一つ高い背。やたらと色白で薄茶の髪とあいまって外国人かと思う。でも年は同じくらいに見える。

「君うちの生徒?見たこと無いんだけど?君みたいな留学生いたっけ?」

 いいながらもそんなはずはないと思う。オーストラリアから来てた交換留学生は夏休み前にお別れ会をした。じゃあ、こいつは?

「これ、もらったから。招待されたから来たんだけど」

 意外に低い声に内心驚きつつ日本語通じて良かった!と思う。仰々しいマントの下から出された紙を受け取る。それは近隣の住民向けに配った300円の金券付きのチラシだった。コロンかなマントの下からふんわりとバラの香りがした。

「来ていいよって。カワカミタケシが言った」

「え?カワカミってあいつ?オカルト研究会の?え?アイツと友達?」

 俺は学園一の変わり者の顔を思い浮かべた。ボサボサ頭でおばけとかの超常現象を証明するための研究に全空き時間をつっこんでる男で、俺の苦手なクラスメイトだ。このやたら小綺麗な彼とカワカミが友達というのが不思議だ。

「友達?招待されてないところには来ない」

「えーっと、さっきカワカミも帰ったはずだし。明日また来てくれる?明日の11時からが一般公開だから。仮装パレードは夕方4時から」

「名前は?」

「え?」

「名前は?」

「えっと、実行委員長やってる三年の山田、です」

 そう言うと形の良い眉がピクリと動いた。

「フルネームで」

 金の瞳が俺を見据える。なんだ?なんだか奇妙な感じ?

「山田そら」

「漢字、空?意味は天のソラ?」

「そう。山田空。全部小学校1年でならう漢字だよ。」

 漢字の確認まで出来るなんて日本語能力高いなぁと感心した俺の返事を聞くと、彼は目を細めて満足そうに笑った。その笑顔はキレイだけどなんだか迫力があって一瞬胸がどきりとはねた。

「山田空、また明日」

「うん。また・・・・明日」

「誓約はなされた。違えるな」

 大きく開かれた金の瞳がギラリと光る。急に硬い口調になった彼の雰囲気がすごい年上の人のようで・・・・なんだよ?

「おーい!やまだぁ!先生もう帰るぞ!!」

 後ろからかけられた声に振り返ると先生が廊下のはしでいらいらを隠さず叫んでいた。

「やべ、君ももう帰ってくれ・・・・る?」

 振り返った先に俺の声に応える人はいなかった。外の闇で鏡状態になった窓ガラスに映るのも俺一人。

「あれ?」

 狐につままれたような気持ちになりきょろきょろと周りを見る。ふんわりと香るバラの香りがさっきまでそこに彼がいたことを示しているのに。

「やまだぁ、さっきから一人で何やってんだ、早く帰るぞ!!」

「え?え?え?」

 ホントに狐とかだったの?ぶるりと身震いして先生の元へと走る。

 (俺幽霊とか嫌いなんだよ!!せめて狐であってくれー!!)


 足を早めた俺のそばでバラの香りがふんわりと香った気がした。
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