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35 命短し恋せよ三男
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王太子執務室が普段より静かに仕事終わりを迎えた頃リリーの報告書もあらかた出来上がった。
過去十年間の魔石の流通量と産出量。国内の食料の不自然な動きのある地域。それらに関連する領地の貴族たちの名前。関係性をざっとまとめ上げて気づいた国内の貴族たちの友好関係。
(これできっと私とアルフォンスの婚約はなかったことになるわ)
明るい展望を胸にリリーは王太子の机を見た。
そこには王太子アレクサンダーがレオにそっくりの姿で仕事をしているはずだったのだが、生憎彼の机には誰もいなかった。
「あれ?」
「ダミアン。やっと終わったの?今日はもう帰ろう。みんなも引き上げたしさ。まったく妙な緊張で身体がばきばきだよ」
ダミアンの仕事を監督している立場のトリスタンは皆が部屋を出ていく様子を見せても気づかないダミアンを一人にするわけにもいかず残っていたらしい。
「今日の殿下はおっそろしかったな」
伸びをしながらトリスタンはリリーに向かって軽口をたたく。
「ダミアンは一日中こんを詰めてたから全然気づいてなかっただろう?アレクのやつ変な顔してお前のこと見てたんだぞ」
「奇妙?」
「そう、魂の抜けた顔しててさーお前に何か言いたかったのかもしれないけど、あれだよな。王族っていうのは本音を表に出しちゃいけないからすっごく言いたいことを殺しすぎてなんにも出せなくなった顔?っていうのかな。俺も付き合い長いけど久々に見たわ。あのガラス玉の人形の目」
「え?」
「普段は穏やかだしひょうひょうとしたところがあるけどアレクは子供の頃はすごいワガママで暴君だったんだよな。想像つかないだろう?」
「確かに」
「でもそんなんじゃ王太子になれないからな。アレクなりに感情をコントロールするすべを覚えてきたんだけどどうしてもうまく出来ない時はガラス玉の目になっちゃうんだよな。でも大人になってからはまったくそんなこともなかったのに今日は久しぶりにガラス玉だし。ダミアンのことばっかり見てるし……」
そこで言葉をきるとトリスタンはリリーを見つめた。
「お前アレクになにしたの?」
口調は軽いが何一つ見逃さないようにと探る茶色の瞳がリリーを驚かせた。彼の普段の人当たりの良さはどこかへ消えてしまいまるで知らない人のように見える。
「わ、俺、は。なにも。何かできるわけないじゃないですか。国の王太子に!!首が飛びますよ!!」
「ふーん。まぁそれもそうか。じゃあ質問を変えようか。その頬、誰に殴られたのかな?」
「え?」
「化粧でごまかしたみたいだけど、落ちてきてる。すこし腫れてるしうすいアザになってるね」
指摘に思わず頬を触る。たしかにまだすこし違和感がある。だがカツラでほとんど隠れているリリーの顔の変化にきづくだなんて思っていたよりトリスタンはリリーを見ているらしい。
「アルフォンスだろ?アデノフォラ嬢に手を出すなとでも言われた?」
簡単に犯人を言い当てられてリリーは息を呑んだ。
リリーの驚きがおかしかったのかトリスタンの表情がいつものものに戻る。
「まぁそういうのはよくある話だからな。手を出すなと言われてやめれるなら恋じゃないよな。ははは」
誰かを思い出しているかのように彼の視線が遠くを見た。
「家を継げない俺達は立身出世の手段にできるのが仕事か恋しかないんだから家つき娘の心が勝ち取れるなら多少の無理はするよな。わかるわかる。命短し恋せよ三男、家でろ四男ってな」
貴族令息の立場をやゆした詩を引用し、ばしばしとトリスタンがリリーの背中をたたいた。その力の強さに文句を言おうとしてリリーは口を開きかけ目の前に立つ予想もしてなかった人物に気づいた。
「恋してるの……か?」
ガラス玉の瞳が二人を見つめた。
過去十年間の魔石の流通量と産出量。国内の食料の不自然な動きのある地域。それらに関連する領地の貴族たちの名前。関係性をざっとまとめ上げて気づいた国内の貴族たちの友好関係。
(これできっと私とアルフォンスの婚約はなかったことになるわ)
明るい展望を胸にリリーは王太子の机を見た。
そこには王太子アレクサンダーがレオにそっくりの姿で仕事をしているはずだったのだが、生憎彼の机には誰もいなかった。
「あれ?」
「ダミアン。やっと終わったの?今日はもう帰ろう。みんなも引き上げたしさ。まったく妙な緊張で身体がばきばきだよ」
ダミアンの仕事を監督している立場のトリスタンは皆が部屋を出ていく様子を見せても気づかないダミアンを一人にするわけにもいかず残っていたらしい。
「今日の殿下はおっそろしかったな」
伸びをしながらトリスタンはリリーに向かって軽口をたたく。
「ダミアンは一日中こんを詰めてたから全然気づいてなかっただろう?アレクのやつ変な顔してお前のこと見てたんだぞ」
「奇妙?」
「そう、魂の抜けた顔しててさーお前に何か言いたかったのかもしれないけど、あれだよな。王族っていうのは本音を表に出しちゃいけないからすっごく言いたいことを殺しすぎてなんにも出せなくなった顔?っていうのかな。俺も付き合い長いけど久々に見たわ。あのガラス玉の人形の目」
「え?」
「普段は穏やかだしひょうひょうとしたところがあるけどアレクは子供の頃はすごいワガママで暴君だったんだよな。想像つかないだろう?」
「確かに」
「でもそんなんじゃ王太子になれないからな。アレクなりに感情をコントロールするすべを覚えてきたんだけどどうしてもうまく出来ない時はガラス玉の目になっちゃうんだよな。でも大人になってからはまったくそんなこともなかったのに今日は久しぶりにガラス玉だし。ダミアンのことばっかり見てるし……」
そこで言葉をきるとトリスタンはリリーを見つめた。
「お前アレクになにしたの?」
口調は軽いが何一つ見逃さないようにと探る茶色の瞳がリリーを驚かせた。彼の普段の人当たりの良さはどこかへ消えてしまいまるで知らない人のように見える。
「わ、俺、は。なにも。何かできるわけないじゃないですか。国の王太子に!!首が飛びますよ!!」
「ふーん。まぁそれもそうか。じゃあ質問を変えようか。その頬、誰に殴られたのかな?」
「え?」
「化粧でごまかしたみたいだけど、落ちてきてる。すこし腫れてるしうすいアザになってるね」
指摘に思わず頬を触る。たしかにまだすこし違和感がある。だがカツラでほとんど隠れているリリーの顔の変化にきづくだなんて思っていたよりトリスタンはリリーを見ているらしい。
「アルフォンスだろ?アデノフォラ嬢に手を出すなとでも言われた?」
簡単に犯人を言い当てられてリリーは息を呑んだ。
リリーの驚きがおかしかったのかトリスタンの表情がいつものものに戻る。
「まぁそういうのはよくある話だからな。手を出すなと言われてやめれるなら恋じゃないよな。ははは」
誰かを思い出しているかのように彼の視線が遠くを見た。
「家を継げない俺達は立身出世の手段にできるのが仕事か恋しかないんだから家つき娘の心が勝ち取れるなら多少の無理はするよな。わかるわかる。命短し恋せよ三男、家でろ四男ってな」
貴族令息の立場をやゆした詩を引用し、ばしばしとトリスタンがリリーの背中をたたいた。その力の強さに文句を言おうとしてリリーは口を開きかけ目の前に立つ予想もしてなかった人物に気づいた。
「恋してるの……か?」
ガラス玉の瞳が二人を見つめた。
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