上 下
4 / 8
1.学園入学編

許されない再戦の願い

しおりを挟む

「そこまで!これにて入学試験は終了する。勝った方は学院に残り、負けた方は今すぐにここから出ていくように」

壮絶な入学試験の終了の合図が試験官の男によって宣言された。

その瞬間少しばかりの疲労と虚無感が湧き上がる。だが疲労感とは別に空しさというか寂しい感情が少なからず芽生えていた。

それほど長くはなかったが、あの白髪の少年との戦いは僕にとっては濃厚な時間であった。
それからというもの僕の頭の中はあの戦いが何度も何度もフラッシュバックしていた。

おそらくもっと剣を合わせてみたいのだろう。
だがそれは叶うことのない願い。
頭で分かっていても心がもう一度戦いたいと訴えかけてくる。

「もっと別のやり方がなかったのかな…」

筆記や課題などの試験であればもう一度あの白髪の少年と戦えたかもしれない。
だけどせっかく入学できる権利を得たのだ。それを私利私欲のために明け渡すわけにはいかない。これは決して僕だけの問題ではないからだ。

僕は仕方ないと心の中で言い訳する。


そして試験官が辺りを見渡した後、クルリと身体を反転させ歩き出した。
これからどうすればと思っていた矢先、一人の呼び止める声がここ一帯に轟く。


「待ちやがれっ!!」


周りの視線がその少年一点に集まる。
試験官はピタリと足を止め、再び僕らに向き直ると声の持ち主である一人の少年に近寄った。

「もう一回やらせろ!」
「却下する」

一瞬の返し。まさに即答。
だがその回答に納得のいかなかった少年は問い詰めるようにもう一度試験官に詰め寄る。

「何故だ!!!!」

「これは規則だ。入学希望者、ましてや敗北した一弱者に貸す耳などこちらには持ち合わせていない」
「違う!違う違う違う!!」

少年は大きく首を横に振る。
その場にいた入学希望者たちは彼の自己中心的な行動に鋭い視線を向けていた。

それもそうだ、もう一度やり直したい。それは敗北してしまった入学希望者全員が思っていることだ。
そして再戦することは禁止。それがルールだと、規則だから仕方がないと、皆受け止め誰もが諦めているのだ。

だがそのルールを破り、試験官に再戦を求む者を誰が良い目で見るであろうか。

「こいつはきっとズルをしたんだ!じゃなけゃ、じゃなけゃ剣士ランク《上級》であるこの俺が負けるはずがない!」
「ほおぅ?」

指を指されたのは青髪ショートのメガネをかけた少女。その清楚な見た目からはズルをしそうな感じはしない。
本人もまさか巻き込まれるとは思っていなかったのか、『ひゃいっ!?』と可愛げな悲鳴を漏らしていた。

そこからも少年は懲りることなく『こいつはズルをしたんだ!』と何回も連呼し詰め寄り試験官に訴える。

「なるほど、分かった」
「……!?」

少年は目を見開くと、ニヤリと不気味な笑みで口元を吊り上げた。

「ふはははっ、そうだぁ、そうだよ!!俺が負けるはずない、有り得ないんだよぉ!!」

僕はそれを聞いて少し不快になった。
〝ズル〟確かにそれは卑怯なことかもしれない。だけど不正をしているわけではない。

ズルと不正は違う。
それ以前にズルも実力の一つだと思う。それにズルをされてもそれを上回る力をつければいい話だ。

彼は自身の力不足を無意識に理解している。
だけど認めたくなくて再戦などと馬鹿げたことを試験官に申し込んだのだ。


「では今すぐに帰宅の手配をしてやろう」
「はぁ?俺が求めてんのはこの卑怯者ともう一度戦わせろと言ってんだ!さっきてめぇも認めただろうが!」
「お前は一体何を言っている」
「あぁ?」

「別に俺は再戦することを容認していない。お前が勝手に都合のいいように解釈しただけだ」
「なんだとてめぇ…」

「言葉遣いに気をつけろ。大体お前の発言にはどこにも根拠がない」
「あっそぉ、証拠があればいいんだな?」
「あくまであればの話だが」
「だったらあるぜ?」
「それは一体なんだ?」

「俺自身だ!!!」

試験官は一瞬瞳を閉じると、首を小さく横に振る。

「却下だ。話にならん」
「ふざけんなぁ!!俺はあいつがズルをするところをこの身をもって体験してんだよ!見たんだよ!これは立派な証言だろうが!!」
「馬鹿かお前は」

試験官は呆れたように吐息を漏らす。
その吐息を聞いた途端少年は一層顔を険しくし、歯軋りする。

「それ以前に根拠があろうがなかろうが再戦は出来ない」
「てめぇが言ったんだろうが!」
「言ってみただけだ」

誰かはわからないがどこからか、ぷすっ、とくすくすと笑い声が聞こえた。
少年もその声が耳に入ったのか、僕たちをギロリと睨む。

「それに容認すれば今まで守られてきた規則が崩れかねない。ここにいる学院関係者にお前みたいなバカな要請を聞くものなどいない」
「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!!!」

「別にふざけていない。それと忠告しておくが、少しお前は自身の力を過信している節がある」
「はいはいなるほどねぇ、分かったよっ。どうしてもできないって言うんだったら……」
「何をする気だ」

「てめぇごとヤっちまえば万事解決でもなんでもするんじゃねぇのかっ!!!」
「…はぁ、なんと愚かな」

少年はまるで何もかもをどうでもいいといわんばかりの獰猛さで狂ったように片手剣を手に取り試験官に突進していく。

だがその攻撃は当たることなく弾き返され、試験官の膝が吸い込まれるように少年の腹に入る。
その衝撃に少年は少量の血を口から吐き散らせ悶絶する。

「…クソ…がぁ…まだ…終わっちゃあ…いねぇぞ…」
「諦めたまえ。お前の奮戦しようとするその心は賞賛に値するが今となってはその行いもただの悪足掻きでしかない」

少年は未だに試験官を睨み続け、剣を手に取ろうとするが、とどめを刺すかのように試験官はがら空きとなった少年の背中を肘で思いっきりブツけた。

「諦めろと言ったはずだ。いいか?お前が頭の中で抱く幻想を具現化させるには己の力で切り開かなければならない。だが今ここでお前にそれが出来るほどの力が無かったことが証明された。つまりお前には何かを成せる力などこれっぽっちもなかったわけだ」
「なん…だとっ、」

「まだ続ける気か?入学試験で負け、がむしゃらに戦いに挑んだがそれも負けて、私に八つ当たりしてきやがった分際でまだ楯突く気か?」
「………」
「はあ、お前みたいな才能の無い奴らを相手するこっちの身にもなって欲しいくらいだ」
「…てめぇ、絶対許さねぇ…」
「そうか、お前はまだ反抗する気なのか。であれば仕方があるまい。強行手段といこう」

試験官は少年の剣を拾い上げると、その剣先を真下に向け一直線に振り下ろした。
その剣先は少年の利き腕である右手を貫通する。
その瞬間そこから大量の血が噴き出す。

「ギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

少年は強烈な痛みのあまり血を吐くような悲鳴をあげる。
その現場を見ていた入学希望者たちも、予想外の展開に動揺が隠せない。

試験官は心がないかのようにその悲鳴を聞いても一向に剣を引き抜こうとしない。

「おそらくもう剣を振るうことは叶わなくなった。これで分かっただろ、反抗すればどうなるか。まだ俺に楯突く気があれば今以上の処罰をお前に与えなければならない」

「待ってくださいっ!」

僕は見るに耐えず割り込むように声を出した。
ここにいた全員の視線が僕に集まる。

試験官を止めに入ったのは決して正義感だけで声をあげたわけではない。これ以上続けば…と、本能的に危険を感じたからだ。

あの時、僕の本能が恐怖・・を感じたのか、心と身体が身震いした。
それは恐らくあの少年からくるもの。

そして憎しみに満ちる少年を視野に入れながら、ハイライトのない試験官を止めるべく僕は迫り来る謎の恐怖を感じながら輪に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マリアの騎士―名高き王と古の眷属―

草宮つずね。
ファンタジー
ある国の王子として育てられた少女と、護衛として側にいる騎士の物語。 ※他の小説投稿サイトにも掲載。 詳しくはホームページ〈https://sites.google.com/view/maria-no-kishi/home〉にて。

二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す

SO/N
ファンタジー
主人公、ウルスはあるどこにでもある小さな町で、両親や幼馴染と平和に過ごしていた。 だがある日、町は襲われ、命からがら逃げたウルスは突如、前世の記憶を思い出す。 前世の記憶を思い出したウルスは、自分を拾ってくれた人類最強の英雄・グラン=ローレスに業を教わり、妹弟子のミルとともに日々修行に明け暮れた。 そして数年後、ウルスとミルはある理由から魔導学院へ入学する。そこでは天真爛漫なローナ・能天気なニイダ・元幼馴染のライナ・謎多き少女フィーリィアなど、様々な人物と出会いと再会を果たす。 二度も全てを失ったウルスは、それでも何かを守るために戦う。 たとえそれが間違いでも、意味が無くても。 誰かを守る……そのために。 【???????????????】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー *この小説は「小説家になろう」で投稿されている『二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す』とほぼ同じ物です。こちらは不定期投稿になりますが、基本的に「小説家になろう」で投稿された部分まで投稿する予定です。 また、現在カクヨム・ノベルアップ+でも活動しております。 各サイトによる、内容の差異はほとんどありません。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

どうやら主人公は付喪人のようです。 ~付喪神の力で闘う異世界カフェ生活?~【完結済み】

満部凸張(まんぶ凸ぱ)(谷瓜丸
ファンタジー
鍵を手に入れる…………それは獲得候補者の使命である。 これは、自身の未来と世界の未来を知り、信じる道を進んでいく男の物語。 そして、これはあらゆる時の中で行われた、付喪人と呼ばれる“付喪神の能力を操り戦う者”達の戦いの記録の1つである……。 ★女神によって異世界?へ送られた主人公。 着いた先は異世界要素と現実世界要素の入り交じり、ついでに付喪神もいる世界であった!! この物語は彼が憑依することになった明山平死郎(あきやまへいしろう)がお贈りする。 個性豊かなバイト仲間や市民と共に送る、異世界?付喪人ライフ。 そして、さらに個性のある魔王軍との闘い。 今、付喪人のシリーズの第1弾が幕を開ける!!! なろうノベプラ

処理中です...