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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

難儀な恋(下)

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 タジェロンが机の上に置いたのは、一冊の本。


「こちらの本、ベルマリー嬢なら好きかと思いまして。良かったら読んでみてください、誘拐事件を軸とした推理小説です」


 机に置かれた本の表紙を見たベルマリーが目を輝かせている。


「ありがとうございます、読むのが楽しみです。タジェロン様がおすすめしてくださる本は、どれも面白いですから」
「そう言っていただけて光栄です。ベルマリー嬢と感想を言い合えるのが楽しくて、読み終えた本をいつも押しつけてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、貸していただけて嬉しいです。私もタジェロン様のお考えを聞くの、楽しいですし」
「良かった。その話、誘拐事件の裏に……と、先に言ってはいけませんね」


 珍しく悪戯っぽい表情をしたタジェロンに、ベルマリーが一瞬だけ鋭い視線を向けた。


「誘拐事件といえば、今回のミーネ様の誘拐事件、不思議ですよね。いくら宰相会議中で人が手薄だったとはいえ、なぜ未然に防げなかったのでしょう?」
「ほう、興味深い見解ですね」
「……タジェロン様は気付いてて黙認なさったのでは? そうでなければあれほど簡単にミーネ様が連れ去られる事はなかったはずです」
「ラッドレン殿下には、荒療治が必要でしたから」


 ベルマリーの方は見ずに、本の方へ視線を落としてタジェロンが答える。


「まぁ、そんな理由でですか? ミーネ様が危険な目にあったのですよ」
「ラッドレン殿下なら、必ず助けてくださると分かっていましたので」


 タジェロンの横顔を見つめ、ため息をついたベルマリー。


「必ず……ですか。信頼なさっているんですねぇ」
「ええ。だからこそ、諦めがつきます」
「諦めがつくって、ミーネ様の事ですか?」


 タジェロンは黙ったまま、机の上に置かれている本のページをパラパラと捲った。
 そんなタジェロンの様子を、ベルマリーはジッと見つめている。


「私、タジェロン様に謝らないと」
「何をですか?」
「ミーネ様の恋を応援するために妊娠の噂を広めた件です。あの時タジェロン様に協力をお願いしたりして申し訳ありませんでした」
「そんな事、別に構いませんよ」


 ベルマリーは学園にいた頃からそばで見てきたから知っている。
 王太子殿下のため献身的に王太子妃教育へ励むミーネの姿に惹かれていたタジェロンの想いを。


「私が構いますって。お礼に何かできる事があったら何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「お疲れなら仮眠用の枕として肩を貸しますよ。失恋で泣くための胸を貸してもいいですし」
「ハハ、どちらも必要ありませんよ」


 ベルマリーはソファに置いてあったクッションを手にして、タジェロンへ渡す。


「私の肩は使わないにしても仮眠はとった方がいいですね。働き過ぎだと思いますよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ。タジェロン様が本を読むペース、今までよりも遅いですもの。本を読める時間も少なくなっているのでしょう?」


 なるほど、と頷くとタジェロンはクッションを頭のうしろに置いてソファの背に寄りかかり目を瞑った。
 しかしすぐに目を開けて、今度はクッションを身体の前に抱えて目を瞑る。

 けれど再び目を開けると、今度はソファの肘置きのところにクッションを置き、枕にして上半身を横たえると目を閉じた。
 だがやはりすぐに目を開けてしまう。

 どんな体勢をとってもしっくりこない。

 タジェロンは上半身を起こすと、隣に座っているベルマリーの方を見た。


「……試しに借りてみてもよろしいですか」
「あら、胸をですか?」


 ベルマリーがメイド服の上から自分の胸を指先で、ふに、と押す。
 ゴフッ、とタジェロンが咳き込んだ。
 タジェロンの頬が、ほんの少しだけ赤い。


「か、肩ですよ」
「こんな肩でよければいつでもどうぞ」
「ベルマリー嬢はその本でも読んでいてください。では……失礼」


 ぽす、とベルマリーの肩にタジェロンが頭を軽くのせて目を閉じた。


「本当にお疲れのようですね、タジェロン様。最近はグロウドリック王国との話し合いが大変だとか」
「ジオケイ殿下は軽薄そうに見えて抜け目がありませんからね。交渉時に気が抜けません」
「ジョハン様やイニアナ様たちの処遇が決まったと伺いました」
「グロウドリック王国の研究所へ留学していただく事になっています。留学といっても、こちらへ戻る可能性は低いですが」


 グロウドリック王国では薬の研究が熱心に行われている。
 そのため新薬を開発するのに必要な被験者が常に不足しているらしい。
 どんな研究が行われているのか、純粋に知的好奇心が刺激されたがベルマリーは聞くのはやめた。

 話していい内容であれば、タジェロンの方から話を振ってくれるだろうと分かっているから。
 タジェロンの方から話さないのなら、それは自分に聞かせない方がいい内容なのだろう、と。


「交渉関係も、だいぶ終わりが見えてきたと聞いています。もう少しの辛抱ですね」
「老獪たちが率先して動けば一連の件もすぐに解決したのですが、それだと我々の世代が成長しないなどと言っていましてね」
「タジェロン様が老獪だとおっしゃっているのは、まさか陛下や第一宰相様ですか?不敬ですよ」


 タジェロンが小さくあくびをした。


「ここにはベルマリー嬢しかいませんから。私だってたまには愚痴くらい零したっていいと思いませんか」
「あらまぁ、私はタジェロン様にずいぶん信用していただいているんですねぇ」


 おどけた声でベルマリーが言う。


「学園の頃からベルマリー嬢の事は頼りにしていましたよ。信頼できる友人がそばにいるのは良いですね……。安心……します……」
「そうですか、信頼できる友人ですか……ありがたい事です」


 ベルマリーの肩にのせられたタジェロンの頭の重みが、ほんの少しずつ増していった。


「私もタジェロン様の事は信頼していますよ」
「ありがとう、べるまりぃ……」


 目を閉じたタジェロンの呼吸が、すぅ……と小さく聞こえてくる。


「……あらあら珍しい。タジェロン様が人のいる所で寝てしまうだなんて」


 タジェロンの寝顔を見つめながら、ベルマリーは考えていた。


(第三宰相の執務室清掃は他の人にしてもらうように侍女長へお願いした方が良いかしら)


 ベルマリーの肩にもたれ、安心しきったようなタジェロンの寝顔から視線を外したベルマリーは窓の方を眺める。


(これ以上おそばにいると、今度は私が難儀な恋に悩みそうですからねぇ……)


 ベルマリーは小さくため息を吐いた。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 


 【お知らせ】

 タジェロン&ベルマリーの話は、またそのうち登場するかもしれません。
 恋に進展するのか、しないのか……。

 次回は少し時間が戻って、ネイブルによるサフィニアの媚薬解消シーンの予定です。





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