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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

難儀な恋(上)

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 城内にある自分の執務室のドアを開けるタジェロン。

 自分の執務室といっても、ほんの二週間前までは前第三宰相キラエイ公爵の執務室だったが。


「ありがとうございます、ベルマリー嬢」


 タジェロンが声をかけた執務室内では、ベルマリーがたった一人で掃除をしていた。

 普段は王太子妃付きの侍女としてミーネのそばにいる事が多いベルマリーだが、前第三宰相から引き継いだタジェロンの執務室が片付くまでの期間ということで特別に掃除の任務を受けている。


「私じゃ書類の事は分からなくて簡単な掃除くらいしかできませんけど」
「充分です。執務室の掃除なんて、信頼できる人にしか頼めませんから」
「あらあら、ありがたいお言葉ですね」
「それにベルマリー嬢は、一を伝えれば十を理解してくれるので助かります」


 タジェロンの言葉に、ベルマリーが苦笑した。


「でもタジェロン様、一しか言わないと伝わらなくて、ややこしくなるケースもありますよ」


 ベルマリーの指摘に、今度はタジェロンが苦笑する。


「そうですね、どこかの誰かさんみたいに言葉が足りなくて苦労はしたくありませんから気をつけます」


 タジェロンとベルマリーの視線が合う。
 ふたりは思わず小さく笑ってしまった。


「タジェロン様、お茶でも淹れましょうか?」
「いえ、先ほど会議の時に飲んだので、今は必要ありません」
「そうですか、でもなんだかお疲れの様子ですから、少し休んだ方がいいですよ」


 タジェロンが僅かに目を見開く。


「疲れなんて見せないようにしていたつもりでしたが。そんな事に気付いて指摘をしてくるのはラッドレン殿下とベルマリー嬢くらいです」
「ミーネ様から寄せられている恋心以外だと鋭いですからねぇ、殿下は」


 ふはッ、と珍しくタジェロンが吹き出して笑う。


「そうですね、ラッドレン殿下はミーネ嬢に対してだけ、本当に残念な人だから」
「殿下ったら妻に対してずいぶん長い間、難儀な恋をしてましたねぇ」
「その通りだと思います。まぁでも、おふたりの恋が成就して良かったですよ」


 ベルマリーが、ほんの少しだけ眉を寄せた。
 会議で使っていた書類を執務机に置くタジェロンの方を、心配そうに見つめている。


「おふたりの恋が成就して……タジェロン様、本当に良かったのですか?」


 スッとタジェロンの瞳の色が、暗くなったように見えた。


「なぜそんな質問を?」
「タジェロン様が本気を出されるのなら、協力しましたのに」


 タジェロンが口元に笑みを浮かべる。
 でもベルマリーには、タジェロンが笑っているようには見えなかった。


「協力なら充分していただきましたよ。前回の宰相会議に提出した妃殿下の行動記録の資料は本当に助かりました」
「協力って、その関係じゃないんですけどね。まぁいいです、タジェロン様が触れて欲しくないのであれば私からはもう聞きません」
「本当に、ベルマリー嬢は一を伝えれば十を理解してくれるので助かります」


 ふぅ、と小さくベルマリーがため息をつく。

 
「でもあの資料、会議では役に立ちましたけど本来必要としていた殿下には役に立たなかったんじゃないですかねぇ」
「何故です?」
「ほら結局、殿下はミーネ様に他に好きな人がいるのではと疑っていたのでしょう? あの資料を見たら、他の男性と恋仲になる余地なんて無いのは明白なのに」


 タジェロンが苦笑した。


「そうですね、ベルマリー嬢ならミーネ嬢の真実の愛を応援するだろう、とラッドレン殿下は考えていたのでしょうね」
「ええ、そうだと思います」
「まぁでも、それはラッドレン殿下がベルマリー嬢を信用していないというわけではありません。ミーネ嬢が犯罪の気配のある者と密会するような事があれば、ベルマリー嬢が絶対に止めるとラッドレン殿下は確信していましたから」
「ふふ、皆から信頼していただけて私は幸せ者ですね。さてタジェロン様、次はどこを掃除しましょうか。休憩時間まで、まだ時間がありますから」


 メイド服のブラウスを腕まくりしながら、ベルマリーがタジェロンに声をかける。
 するとタジェロンが、執務室内にある応接用のソファを指差した。


「掃除はもう終わりにして、そちらに座ってください」


 三人掛けのソファの端に腰をおろしたベルマリーと少し間を空けて隣に座ると、タジェロンは目の前にある低い机にスッと何か置いた。





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