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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

タジェロン様の願い

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 * * * * * * *


 ――殿下の左腕に、そっと触れる。

「今も痛みますか……?」

  ラッドレン王太子殿下の執務室。
  殿下と私が並んで座っている応接用ソファの、机を挟んで正面のソファに腰かけているタジェロン様が小さく笑った。

「大した事ありませんよ。ミーネ嬢が心配しなくても大丈夫です。傷は残るかもしれませんが、元の通り動かせるようになると医師からも言われていますし。痛みくらい殿下には我慢してもらいましょう」

「怪我人に向かって厳しいなぁ、タジェロンは」

 ラッドレン殿下が苦笑している。

「これに懲りたら、勝手な単独行動は控えていただきたい。周りが迷惑を被りますから」

 口は悪いけれど、私とサフィニア様が誘拐されたあの日、私を庇って腕に傷を負ったラッドレン殿下を城で迎えた人の中で一番心配していたのはタジェロン様だと思う。

 周りに出す指示は的確だったけれど、顔は青褪めほんの僅かに声が震えていた。
 いつも冷静なタジェロン様があんな風に動揺しているのを見たのは初めての事。

 サーゼツ伯爵に刺されそうになり、私がいたせいで避けきれず左腕を負傷したラッドレン殿下。
 傷ついた腕の影響か、城に戻ってからの二日間は高熱で寝込む事となった。
 忙しい中、タジェロン様が時間を見つけてはラッドレン殿下の所まで見舞いに来てくれていたのを知っている。

「迷惑をかけて申し訳なかった。ミーネに関する事以外では、勝手な行動をしないと誓うよ」

 ハァ……とタジェロン様が大袈裟にため息をついた。

「それはミーネ嬢が関わる事なら無茶をすると宣言しているようなものですよ……。まぁでも、今日は説教をするために時間を作っていただいたわけではありません。本題に移らせていただくとしましょう」

「タジェロンにしては珍しく、俺に頼みたい事があると言っていたな」

「はい、ギフティラ学院の必修科目に新たな授業を追加するのですが、その件で殿下……いえ、お二人にお願いしたい事があります」

「そうか……ではまず、新たに追加する授業について教えてもらえるだろうか」

 宰相人事に関する話し合いの結果、父はそのまま『武科』担当に、そしてタジェロン様が『文科』担当の宰相職に就く事となった。

 タジェロン様のお父様である第一宰相のチェスター公爵と陛下は、私の父へ『文科』の担当に戻る事を勧めたけれど父はそれを辞退したらしい。
 ウィムが学院に在籍している間は、誤解を生むような種は最初から蒔かない方がいいと言って。

 父が『文科』の宰相職の時に私が黒い噂でつらい思いをしたから、弟のウィムまでそうなる事の無いように父は辞退したのかもしれない。

 『文科』の担当をタジェロン様が希望したこともあり、父は『武科』担当のままとなった。

 ――タジェロン様が『文科』の宰相を希望したのは、授業の改革をしたかったからなのね。

「追加する授業はパートナー間のコミュニケーション論です。学生のうちに、対話の大切さを学んでおくべきだと思っています」

「なぜそう思ったんだ、タジェロン」

「貴族には政略結婚がつきもので、その場合本人同士の合意に基づく結婚とは異なり夫婦となるまでの会話量が少ないですからね。『以心伝心』という言葉もありますが、実際のところ黙っていては誤解が生じる事が多いです。対話の大切さを学んでおけば、そのような事態を防ぐことができます。政略で結婚した夫婦でも意思疎通を図り仲睦まじく過ごす事で家族も円満となり、ひいては国全体の平和にもつながる事でしょう」

「なるほど。ではその新たに取り入れる授業の件で俺たちに依頼したい事というのは、いったい何だ?」

 ローテーブルに、タジェロン様がスッと冊子を置いた。
 学園や学院へ通っていた時に使った教科書とよく似ている。

「こちらはその授業で使用する教科書になります。おふたりは学院を優秀な成績で卒業しているうえに夫婦ですからね、学院で授業を聴いていただいて、次の年に向けその是非や改善点を確認していただきたいのです。授業は週に一時間で、出席するためのスケジュール調整は私の方で行います。いかがでしょうか、参加していただけますか?」

「スケジュールに問題が無ければ、俺は参加可能だ。ミーネはどうする?」

 ラッドレン殿下が私の方を向いて小さく首を傾げたので、「私もご一緒させていただきます」と答えた。
 再び殿下が、タジェロン様の方へ視線を向ける。

「授業の講師については、あてがあるのか?」
「はい、グロウドリック王国からジオケイ王弟殿下に来ていただく予定です。講師の件についてはすでに陛下の許可を得ております」
「っ……!」
「殿下、今さらミーネ嬢を不参加とさせる、というのは無しですよ」

 すました顔をしているタジェロン様に対して、苦虫を嚙み潰したような表情のラッドレン殿下。

 グロウドリック王国の王弟殿下って、確か……。

「ジオケイ王弟殿下はキラエイ公爵の行いについて調べていた時に協力してくださったのですよね。どのような方ですか?」

 私の問いに、口角を片方上げたタジェロン様が答えてくれた。

「頭が良くて剣の腕前も素晴らしく、そして眉目秀麗な方です。我々よりも10歳ほど年上で、ラッドレン殿下と違い大人の余裕がありますね。王位継承争いの火種になりたくないから、と独身ですが女性の扱いには長けた方です。もちろんコミュニケーション力も優れているので、授業の講師を依頼させていただきました」

「凄い方なのですね……。今までお会いした事が無かったので、存じ上げませんでした」

 ふ、とタジェロン様が笑う。

「キラエイ公爵に関する調査中、ジオケイ殿下とお会いするのは毎回アールガード領でしたからね。宰相会議でラッドレン殿下は、危険から遠ざけるためミーネ嬢をアールガード領へ連れていかなかったと言っていましたが、本当はジオケイ殿下に会わせたくなかったんじゃありませんか?」

「タジェロン、余計な詮索はしなくていい」

 宰相会議、といえば……。
 父は最初から、宰相会議で起きる出来事を知っていた。
 だから私は会議中に違和感を覚えたのだ、父が本当に怒っていたら、あのままでは済まなかったはず。

 でももうひとつ、疑問に残っている事がある。

「そういえばタジェロン様は宰相会議の前日に、サフィニア様の想い人の件で私が傷つくのではないかとラッドレン殿下が気にされていたとおっしゃっていましたよね。あれは何故ですか?」

 先日の誘拐事件の時に、サフィニア様の想い人がネイブルだった事は分かった。
 でもそれで、なぜ私が傷つくのかは分からない。

「殿下はミーネ嬢がネイブルの事を好きなのではないかと考えていたからですよ。そういった事も、私ではなくお互い本人に確認した方がいいですね。いい機会ですからおふたりも、パートナー間のコミュニケーションについて学んでみてください」

 タジェロン様から教科書を受け取る。

 今夜から少しずつ読んで、授業が開講されるまでに予習しておこう。





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