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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)
心配性なんですね
しおりを挟む「ケンバート公爵のおっしゃる通り、ミーネはそんな事をしていません」
バンッ、と大きな音を立てて机を両手で叩き、立ち上がったのはキラエイ公爵だった。
「私と一緒にその男の自白を聞いた時、妃殿下の悪事の件について話は分かったと言っておられたではないですか、ラッドレン殿下!」
視線をキラエイ公爵へ向けたラッドレン殿下が口角を片方上げる。
殿下にしては珍しく、少しだけ意地悪に見える表情。
「名前は伏せていて欲しいとおっしゃっていたのに……自ら名乗り出てしまって良かったのですか、キラエイ公爵?」
「ぁ……、ぃゃ、私は……」
「私が話は分かったと言ったのは、ようやく尻尾を掴むことができたという意味です」
「は……? それはどういう……?」
ラッドレン殿下がわずかに目を細めた。
「キラエイ公爵、貴方は宰相の担当部門が変更された機に乗じて、引き継ぎ期間に書類を偽造するなど自分が行った犯罪をあたかもケンバート公爵がしたかのように捏造しましたね」
「何の事だか、私にはさっぱり……」
キラエイ公爵はしきりに額の汗を拭いている。
「卒業試験に関する噂を広めた黒幕がキラエイ公爵、貴方だという事は調査を始めて早い段階で気付きました。そしてアールガード領内で、留学に関する不正な取引を行っていた事も。残念ながら当時、確たる証拠までは掴めませんでしたが」
「私は、そんな事はしていない……」
先ほどまでと打って変わってキラエイ公爵の声は小さい。
「私にあの証人の男を引き合わせたのは失敗でしたね。ケンバート公爵を第二宰相の座から引きずりおろすだけでなく、自分の娘を私と結婚させるためにミーネから王太子妃の立場を奪おうと欲を出したのがいけなかった」
「失敗……?」
「危険から遠ざける必要がありましたから……不穏な気配が漂うアールガード領をミーネが訪れた事はありません、一度も」
そう、私は一度もアールガード領へ行った事が無い。
殿下が他の土地へ視察に訪れる際は、同行する事もあるのに。
アールガード領にだけは一度も連れていってもらえなくて。
それは殿下にとって、愛するサフィニア様と会うために私が邪魔だからだと思っていた……。
「い、一度もな、無い、だと……?」
「ただ、もしかしたら貴方についうっかり間違った情報を伝えてしまう者もいたかもしれません。ミーネもアールガード領を訪れたことがある、と」
ラッドレン殿下の言葉を聞いたタジェロン様が、フッ、と小さく笑ったような気がした。
以前、私の妊娠の噂に関して、ベルマリーがタジェロン様へお願いをしていたと聞いた時の事をふと思い出す。
ベルマリーったら、情報操作とか大きな声で人に言えない仕事が得意そうだなんて、タジェロン様に失礼な事を言っていたっけ。
「ぃ、いや、その男がアールガード領で会ったというのは何かの思い違いだったのかもしれない。そうだ、ラッドレン殿下が視察で城を不在にしていた際に、妃殿下は王都でその男と会って悪事を働いていたのでしょう。そうに違いない」
「それは絶対に無い」
キラエイ公爵の言葉を、即座にラッドレン殿下が否定する。
するとタジェロン様がスッと片手をあげた。
陛下が発言の許可を与え、タジェロン様が立ち上がる。
その手に、他の人が持っているのとは別の、かなり分厚い文書を持って。
「こちらの資料はほんの一部ですが、ラッドレン殿下がお側にいらっしゃらない時のミーネ妃殿下のご様子は、侍女のベルマリー・クルース男爵令嬢によりすべて記録されています。特にいつ誰と会ったかについては、詳細に」
「そんな身内のような者が作る記録なんて内容はいくらでも偽造できるだろう、信頼できない証拠なんて無効だ!」
キラエイ公爵の大声が響き渡る。
タジェロン様は目を細め小さく鼻で笑った。
「もちろん第三者による確認も常にしており、その方々のサインもあります。確認者はラッドレン殿下の不在時にミーネ妃殿下の護衛にあたる王立騎士団副団長補佐の事が多いですが、第一宰相や時には陛下にお願いする事もあるのですよ。キラエイ公爵、それを聞いても、これが信頼できない証拠だと言えますかな?」
キラエイ公爵が父に、『ケンバート公爵、それを聞いても、証人が信頼できない証言をすると言えますかな?』と告げた時とよく似たタジェロン様の口調。
ダンッ、と大きな音を立ててキラエイ公爵が机を叩いた。
立って俯いたまま机に向かって絞り出すように声を発している。
「なぜ、なぜそんな詳細な記録があるんだ……」
腰から崩れるようにして、キラエイ公爵は椅子へ座った。
「ラッドレン殿下には視察先で仕事に集中して欲しいですからね……。ミーネ妃殿下が誰と会っているか分かれば、安心できるかと思いまして考えた手段です。無駄に終わる作業かと思いきや、けっこう役に立っているんですよ。視察から戻られるとすぐに目を通すほどミーネ妃殿下の様子を気にされていますので」
あらまあ、とすぐそばで小さな声が聞こえたので横を見る。
隣に座るサフィニア様と目が合った。
「殿下ったら……凄く心配性なんですね」
サフィニア様の声はとても小さな囁きだったけれど、かなり驚いているご様子。
心配性……。
確かに、そうかもしれない。
ラッドレン殿下の立場からしたら、妻が犯罪にかかわっているなんてとんでもない事だもの。
王太子としては監視して行動を把握せずにはいられないくらい、黒い噂のある私は心配の種だったはず。
「証人からすべて聞きました。嘘の証言をせよとキラエイ公爵から多額の金を積まれていると」
ラッドレン殿下がそう述べた瞬間、ばッ、とキラエイ公爵が顔をあげた。
「その男は犯罪者です。そんな男の証言を一方的に認めていいはずがない。私が金を積んだなんてでたらめです、濡れ衣を着せられるなんていい迷惑だ」
ゆっくりとラッドレン殿下は首を横に振っている。
「あちらの男性は犯罪などしていませんよ。むしろ、その逆です」
ずっと立っていたグロウドリック王国の男性が、ラッドレン殿下のいる方を見てわずかに笑みを浮かべた。
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