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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)
宰相会議前夜
しおりを挟む宰相としての誇りと責任を持って仕事に取り組む父の姿勢を、小さな頃から見てきた。
「私は父を信じています……だけどもし、私の知らない父の姿がアールガード領での調査によって明らかになったのであれば、明日の宰相会議で……」
「今夜の貴女次第では、明日の宰相会議で出る結論は変わるでしょうね。どうします? 私が望むモノを、いただけますか?」
ゆっくりと目を伏せて、いいえ、と首を横に振る。
顔を上げタジェロン様の目を見つめた。
まっすぐ、瞳を逸らさずに。
「タジェロン様の望むモノが何であったとしても、私は差しあげる事ができません」
ほんの微かにタジェロン様の眉が片方、ピクリと動く。
「何故、でしょうかね?」
「父が不正を行っているのなら、罪を償う必要があります。正しい処分を受けなければなりません」
僅かに見開いたタジェロン様の瞳。
そしてすぐに、ふ、とタジェロン様が柔らかく微笑んだ。
懐かしさを感じる、表情で――
学院時代、図書室での自習中。
難しい問題がなかなか解けなくて、必死に考えて。
ようやく解けて顔を上げた時、すぐそばで勉強していたタジェロン様と目が合った。
あの時、頭を抱えて考えている私の姿をいつから見られていたのか分からないけれど。
がんばりましたね、と穏やかに微笑まれた時と今のタジェロン様は、同じ表情。
「自分の噂がきっかけで罪に問われる人が出る事をつらく思うだろうと、殿下は貴女の事を心配していましたが」
「私の事を……?」
心配、してくれている?
「過保護に心配し過ぎですよね。そこまで心配しなくても大丈夫なくらい、貴女は強い人だ」
「殿下は……」
過保護に心配するほど、私の事を好きでいてくれているのでしょうか?
それは友人として? それとも……
そんな淡い期待は、タジェロン様の言葉ですぐに打ち消された。
「明日の宰相会議では、サフィニア嬢の婚約の話も出ます。ただ予め、サフィニア嬢に想い人がいるからキラエイ公爵子息とは婚約させるべきではないと、殿下は陛下に進言しているのです。サフィニア嬢の想い人の件でも貴女が傷つくのでは、と殿下は気にされていましたが、平気ですよね?」
サフィニア様の想い人の件で私が傷つく、なんて。
そんなの、サフィニア様の想い人がラッドレン殿下である事しか考えられない。
やはり殿下とサフィニア様は、両想いなのね……。
ガチャ、と扉の開く音がした。
驚いて思わず立ち上がり視線をドアの方へ向けると、なぜかそこに殿下の姿が。
一瞬、泣いていらっしゃるのかと思った。
そう思ってしまうくらい、痛そうな、つらそうな表情をしていたから。
パタン、と後ろ手に閉められたドア。
私の隣から、ククッとタジェロン様が小さく笑う声が聞こえた。
「前と違って、静かにいらっしゃったところは褒めるべきですかね」
「ああ、極力まわりに気づかれないように、と寝室へ残されていた手紙に書かれていたからな」
ラッドレン殿下が右手を胸のあたりまで上げた。
その手には、見覚えのある封筒が握られている。
タジェロン様からもらった手紙と、同じもの。
同じデザインの封筒というわけではなく、私が貰った手紙そのものだわ。
手紙は処分しておきますね、と言われてベルマリーに渡したはずなのに。
ツカツカとこちらに向かって歩いてきた殿下。
その険しい表情に、ビクッと身体が強張る。
男性とふたりきりになってはいけない、と。
王太子妃として気をつけるように言われていたのに。
その言いつけを破ってタジェロン様とこんな状況で、殿下に誤解されても言い訳できない。
殿下が私のすぐ目の前に立った。
スッとこちらに向かって手が伸びてくる。
もしかして頬を打たれたりするのかしら。
今まで一度も、お父様にさえ打たれたことなど無い、怖い。
だけど……私はそうされてもおかしくないくらい酷い状況を作ってしまった。
痛みを覚悟して、ギュッと目を瞑る。
そうしたら、予想していた頬ではなく、背中に殿下の手が触れて。
グッ、と殿下に抱きしめられた。
「男と二人きりになってはいけないと、言っただろう? 不安にさせないでくれ」
殿下の声が、少しだけ震えている。
噂好きな人もいるから気をつけて、と言われていたのに心配をかけてしまった。
胸が、ズキズキ痛む。
「申し訳、ありません……」
キィ、とドアの開く小さな音がした。
殿下がいらしたのとは、違う扉から。
先ほどタジェロン様が、お風呂だと言っていた方のドア。
殿下に抱きしめられたまま顔だけをそちらへ向け、ぇ、と息をのむ。
「二人きりじゃありませんよ。ずっと私がいましたから」
浴室の扉から顔を出したのは、メイド服姿のベルマリー。
なぜ、ここに??
殿下と私の視線から庇うように、タジェロン様がベルマリーの前に立った。
「彼女を咎めないでくださいね。元々は私ひとりで部屋にいる予定だったところ、万が一誰かに二人きりの場を見られたらマズいだろうと来てくれたんです。でもまさか、あえて手紙を残して貴方をここへ来させるとは思いませんでしたが」
私を抱き締めている腕の力が少し緩んだので顔を上げると、殿下はタジェロン様に鋭い視線を向けていた。
「なぜ、こんな事をした」
「確かめたかったのですよ。妃殿下が本当に弱いお方であれば、その立場から解放し救って差しあげる必要がありますから。そして反対に、妃殿下が今も変わらず信頼できる人物であるのか殿下のために確認しておきたかったのです。何事も、確認せずにはいられない性分なものですから」
「難儀な性分ですねぇ」
若干あきれた表情で、ベルマリーが小さくため息をついた。
相変わらずハッキリ言いますね、と苦笑したタジェロン様だったけれど、すぐに真剣な眼差しを私たちへ向ける。
「お二人はもう少し、話をした方がいいのでは。真実を知りたいと、私に相談せざるを得ない状況になっているのは良くありません。あぁでも、今夜はもう遅い。明日の宰相会議に響いては大変ですから、今日のところは別々にお休みください」
タジェロン様の言葉に殿下が頷く。
「分かった。宰相会議が終わったら、ゆっくり話し合う時間を作ろう」
いいね、と殿下に見つめられ頷く事しかできない。
――話し合うのはいいけれど。
サフィニア様と結婚したいから離縁してくれ、とか言われたりするのかしら――
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