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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)

タジェロン様の所へ

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 夜、約束の時間。

 メイド服を身につけベールで顔を隠し。
 タジェロン様に指定された部屋の前に立つ。

 ドアの下から漏れてくる明かりにホッとした。
 歩いていて途中から人の気配が感じられず、ずっと廊下が暗くて怖かったから。

 城内の警備の配置を統括しているのは、第一宰相補佐のタジェロン様。
 おそらく、安全を考慮しつつできるだけ人払いをしたのだと思う。
 ここへ来るまでほとんど人に会わなかったもの。



 コンコン、と小さくノックをして返事を待つ。

 ……返事は、無い。

 タジェロン様の事だから、相手を確認してからでないとドアを開けてくれないかもしれない。
 でも顔を隠してここまで来させたという事は、廊下で安易にお互いの名前を告げる事はしない方がいい気がする。

 ドアの前にいるのが私だと教える方法……
 タジェロン様の手紙に同封されていた偽造防止が施されている特殊なカードなら、どうかしら。
 手に持っていたカードを、扉の下からスッと差し込む。

 すると鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが開かれた。

 タジェロン様が手で示すのに促され、部屋の中へと足を踏み入れる。

 その直後、扉の閉まる小さな音がして、ビクッと心臓が跳ねた。

 思わず勢いよく振り返ってしまう。
 視界に入ったのはタジェロン様の手で、しっかりと閉じられているドア。

 前に第二応接室でお会いした時には、二人きりだからとおっしゃってタジェロン様は扉を少し開けたままにしていた。
 実際には机の下に殿下がいらっしゃったから二人だけではなかったけれど、もし本当に二人きりだったとしても私は何とも思わなかったと思う。
 少しだけ開いたドアで外の世界とつながっていたから。

 でも今は、鍵をかけられていないのに部屋から出られないような錯覚に陥って。
 なぜかタジェロン様を、少し怖く感じた。

 私の様子がいつもと違うと伝わってしまったのかも。
 こちらを見たタジェロン様が、少し困ったように微笑んでいる。

「申し訳ありません、話が外へ聞こえないようにしたいので閉めさせていただきます。どうぞそちらへおかけください」

 そちらへ、とタジェロン様が手で示したのは、大柄な男性でも四人は余裕で座れそうな大きなソファ。

 一番端に座り、失礼に思われない程度の視線で室内を確認する。
 パッと見た感じの印象は、飾り物の少ないシンプルな部屋。

 密談にでも使うような部屋なのかしら。

 外に話が漏れないようにするためなのか、扉からずいぶん離れた場所にソファが配置されているもの。
 室内にはこの大きなソファのそばに小さなローテーブルがあるくらいで、ほとんど家具が無い。

「私もこちらに座ってよろしいでしょうか」

 タジェロン様の問いに、どうぞ、と答える。
 私が座っている所とは間を空けてソファの端にタジェロン様が腰をおろした。
 だから私たちの間には、人があと2、3人は座れそうなスペースが空いている。
 これから大事な話をするのに、こんなに距離があって大丈夫かしら。

「大きいソファですね、小声で話すのには向いてないかも」

 話しかけると、こちらを向いたタジェロン様がほんの少し目を細めた。

「実はこれ、簡易ベッドなんです。背もたれが倒せるようになっていて」
「ぇ、すごい。そんなソファがあるんですね。私、この部屋に入ったの初めてで知りませんでした」
「そうでしょうね、相部屋の寮で暮らす騎士が主に使う部屋ですから。私も利用するのは初めてですよ」

 相部屋の寮で暮らす騎士が……

 メイドに夜のお世話をお願いしたい時に、騎士がカードを申請するのだとベルマリーが言っていた。
 カードを申請しておけば、受け取ったメイドが夜ここへ来てお世話をしてくれるのかしら。

 という事は、密談ではなく看病のための部屋?
 人にうつる病気なら、相部屋だと同室の人にうつす可能性があるから隔離が必要だもの。

 でもこの部屋……窓が無いのね。換気が充分にできなそう。
 だけど窓は無いのに……入口の他に、ドアがあるのは何故?
 廊下には面していないし、どこにつながっているのかしら。
 
 気になった扉の方を手で示す。

「あちらのドアは、何でしょうか……?」
「風呂ですよ。小さいですが」
「お風呂もあるんですね……」

 何気なく横を見たら、タジェロン様と目が合った。
 その瞬間、ふ、と蠱惑的に微笑んだタジェロン様。
 初めて見るその表情に、思わずヒュッと息を飲む。

「本題に入りましょうか。アールガード領で我々が調べていた事と、貴女のお父上との関係について知りたいのですよね」
「……そう、です」
「それを知って、どうなさるおつもりですか? 我々がアールガード領で調査を始めたのは貴女の黒い噂が発端です。もし貴女の噂に関する事で、親が不正にかかわっていたとしたら」
「不正に……」

 私は父を信じている。
 だけど明日……父は罰せられるのだろうか。
 私の黒い噂がきっかけになったせいで。

 タジェロン様が、薄い笑みを浮かべた。

「私が望むモノを貴女が今晩くれるなら、取引してもいいですよ」
「取引……?」
「そうです、私の父はそれなりの力がありますから。宰相人事の決定にも大きな影響力を持っています。何が言いたいか、分かりますね?」

 この国の『文科』と『武科』を統括する第一宰相は、タジェロン様のお父様。
 タジェロン様が望む物を私があげれば、父は宰相のままでいられるという事……?

 だけど私、タジェロン様に渡されたカードしか今は持っていないのに。
 タジェロン様が望む物って、いったい何――





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