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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)
一度も
しおりを挟む夜、夫婦の寝室を不在にする事をラッドレン殿下にどう伝えればいいのかしら……。
悩んだけれど、その心配は無用だった。
ベルマリーに相談したら、「疲れているので明日の宰相会議に備えて今夜は自分の部屋で寝たいと言えば大丈夫ですよ」との答え。
私が寝ている間にラッドレン殿下から諸々の洗い物を受け取ったベルマリーが、その場で殿下を叱ったらしい。
昼間からこんなに無理させるなんて酷くないですか女性の身体はデリケートなんですよ、と。
確かにベルマリーからそう言われていれば、私が自分の部屋でゆっくり休みたいとお願いしたら殿下はすぐに納得してくれると思う。
それにしても……ベルマリーは昼間から私と殿下が何をしていたのか気付いているのね、恥ずかし過ぎるわ……っ
鏡台の前に座る私の髪を慣れた手つきで梳かしてくれていたベルマリーの手が、不意に止まった。
こんな事は珍しい。
視線を前に向けたら、心配そうな眼差しのベルマリーと鏡の中で目が合った。
すぐにベルマリーは目線を下げ、再び私の髪を梳かし始める。
「ミーネ様……」
「なぁに、ベルマリー?」
「本当は殿下に報告した方がいいと思いますよ。タジェロン様からこのような手紙を受け取っている事。あんなカードまで同封されてますし」
タジェロン様から貰った手紙の件をラッドレン殿下に伝えるためには、視察先での調査内容と父に関する噂の関係について私が調べようとしている事も話さなくてはならない。
父の事を教えてほしいと私がラッドレン殿下を頼ってしまったら、きっと困らせてしまう。
殿下は形だけの妻である私に対しても優しいから、同情して心が揺れてしまうかも。
今までアールガード領で調べてきた事が父にとって不利な内容だった場合、公にすることを躊躇してしまう可能性もある。
「今回の件は……伝えたら殿下にご迷惑をかけてしまうかもしれない。だから言えないわ、殿下を困らせたくないもの」
「迷惑かけて困らせればいいんですよ、夫婦なんですから」
「……そんな風に夫に甘えられる夫婦になれたら素敵ね」
政略結婚のうえ体だけの関係で結ばれている私が、甘えても許されて愛される妻になるなんて夢のまた夢の話。
ラッドレン殿下に迷惑かけて困らせるなんて……できない。
「ミーネ様はもっとわがまま言って甘えていいと思いますよ。夫婦間でも自分の気持ちをきちんと言葉で伝えないと、伝わらない事ってありますから」
「殿下に自分の気持ちを……? 改めて考えると、自分の素直な気持ちを伝えるのって凄く難しいわ」
言葉にしなくても、お互いの気持ちや言いたいことが伝わればどんなにいいかしら。
……ぁ、でもダメだわ。そうしたらラッドレン殿下の事が大好きだってすぐにバレてしまう。
そんなの恥ずかしいから、絶対にダメ。
「お二人を見ていると一緒にいらっしゃる時は会話も弾んでいていつも楽しそうに過ごされてますけど、どのあたりが難しく感じますか?」
「んー、何かしらね……。殿下と普通に話すこと……例えば政治に関して殿下から意見を求められたら、自分の考えを述べる事はできるのよ」
「学園や学院の授業で、テーマを決めてよく皆で意見交換したのを思い出しますねぇ。確かに殿下とミーネ様もお互いに、自分の考えをしっかりと伝えあっていました。考えを伝える事はできるけど、気持ちを伝えるのが難しいって事でしょうかねぇ……?」
そうかもしれない。
ぁ、でも……
「毎朝ふたりで散歩をしながら、嬉しかったこととか楽しかったことをお互いに報告するわ。だから自分の気持ちを伝える事はできていると思う……」
それなら私、いったい何が難しいのかしら。
殿下にわがままが言えない事?
同じ事をベルマリーも思ったみたい。
「気持ちを伝える事ができているのならミーネ様が難しいと感じているのは、わがままが言えないって事だけですかねぇ。無事に本当の初夜も迎える事ができて、お互いの愛情表現も問題ないでしょうし」
「愛情表現?」
「二人きりの時は好きだの愛してるだの、たくさん愛を囁き合ってそうですよね、殿下もミーネ様も」
ベルマリーが冗談を言うから思わず小さく笑ってしまった。
「ふふ、まさかぁ。そんな事、一度も無いわよ」
私の髪を梳かしていたベルマリーの手が、ピタッと止まる。
「…………一度も?」
「? ええ、一度も」
鏡に映るベルマリーの目が大きく見開いた。
そしてすぐにうなだれたかと思ったら、うしろからベルマリーの大きなため息が聞こえてくる。
「恋愛って、授業で学ぶ機会が無いですからねぇ……。男女間の愛情表現についても学園や学院で詳しく教えてくれればいいのに」
ベルマリーがもう一度、深いため息をついた。
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