50 / 98
甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)
理由
しおりを挟む息を切らしながら、殿下が後ろ手に扉を閉めた。
「ベルマリーも……いたのか……よかった……」
「そりゃいますよ、相手がタジェロン様とはいえミーネ様を男性と二人きりにさせる訳にはいかないですもの」
テキパキとテーブルの上のカップとお皿を片付けつつ、サクッと答えるベルマリー。
「殿下もいらっしゃったことですし、私は仕事に戻りますね~」
失礼します、と頭を下げてベルマリーは部屋を出ていった。
「タジェロン、すまないがもう少し待っていてくれ、鞄を置いてくる」
殿下はなぜかソファに座る私の手を取り立ち上がらせ、手をつないだまま窓の方へ歩いていく。
そして窓の手前にある会議用机の椅子へ私を座らせた。
ソファに座ったままのタジェロン様から、一番遠い席。
「隣の部屋に行くけど、ここにいて。俺から見えるように」
会議用テーブルのすぐ横には、隣の第二執務室と直接つながるドアがある。
殿下はそのドアを開け放したまま隣の部屋に行き鞄をしまうと、すぐに私の方へ戻ってきた。
呼吸はだいぶ落ち着いているけれど、額に汗が滲んでいる。
「殿下、失礼しますね」
ハンカチを取り出し殿下の額へ、そっとあてた。
「まったく、全力疾走でもしてきたんですか。ベルマリー嬢を追いかけて冷たい水でも貰ってきますよ」
やれやれといった様子でソファから立ち上がると、部屋を出ていったタジェロン様。
殿下と二人きりになってしまった。
私は走ったりしていないのに、胸がドキドキするのは何故。
「で、殿下、どうぞお座りになってください」
「ああ、ミーネも、座って」
会議用机の椅子を殿下がひいてくれたので再びそこへ座る。
殿下は私の隣の椅子に腰をおろした。
窓を背にして私と並んで座る感じに。
机を挟んで向こう側に、応接用ソファとローテーブルが見える。
ふと視線を感じた……この部屋には二人しかいない。
殿下が座っている方をチラリと横目で見る。
……殿下の顔は、応接用ソファの方を向いていなかった。
机に片手でほおづえをついて、私の顔を見つめている。
そんな風にまっすぐ視線を向けられたら、恥ずかしくて顔が赤くなってしまいそう。
「で、殿下……、なぜ、そんなに急いでいらしたのですか?」
「今朝……ベルマリーからミーネの予定を聞いていたんだ。クッキーを作ると」
「そう、ですね。作っていました」
それと殿下が急いでいた理由と、何か関係があるのかしら。
「だから陛下との話が終わって、ミーネに声をかけてから部屋へ戻ろうとしたのだが、厨房にいなくて」
殿下が手を伸ばして、私の頭に触れた。
座っているだけなのに、鼓動が速くなってくる。
「そこにいた者に聞いたら、お茶の用意をして出ていく姿を見たと言われ、タジェロンの所だと気付いたんだ」
「……?」
それがなぜ、急いでいた理由につながるのかしら……。
私の頭を殿下がゆっくりと撫で始める。
慈しむような眼差しで、優しく微笑みながら。
「ふたりきりでいるのかと思って心配した。ミーネ、これからも男とふたりだけになってはいけないよ」
「わかり、ました……」
もしかして……これは殿下の、独占欲だったりするのでしょうか。
タジェロン様に対して、嫉妬してくれている……?
私の事を女性として、意識してくれていると思っても、いいのですか……
「なかには噂好きの人もいるから。王太子妃として、そのあたりは気をつけて欲しい」
「……はい、承知いたしました」
そうよね……殿下にとって私は女性というよりも、王太子妃。
殿下は私の父の不正の件や、私の妊娠の件もあって、噂に関しては敏感になっているのかもしれない。
だから、急いで来てくれたのですね、変な噂話が持ち上がらないように。
私の頭を撫でていた殿下の手が、止まった。
「ミーネ……イヤリングが曲がっているよ」
ぁ……、クッキーを作る時に外して、そのあと鏡も見ずに自分でつけたから。
「直してあげよう、じっとして」
「ぁ、大丈夫です殿下、自分で」
殿下を煩わせるなんて申し訳ないと思い耳へ手を伸ばしたら、殿下の手とぶつかって。
その拍子に、耳からイヤリングが外れ下へと落ちていく。
床についたのが見えたと思ったら、跳ねてテーブルの下へと転がり見えなくなってしまったイヤリング。
探そうと椅子から腰を浮かせたけれど、殿下の行動の方が早かった。
椅子からおり体勢を低くして、足元まで隠れる大きめのテーブルクロスの裾を捲り、机の下を覗き込んでいる。
「ぁ、あったよ。思ったよりも奥の方まで転がってしまっている」
「殿下、自分で拾いますので、どうか場所を代わってください」
「いいよ、すぐに取れるから。ミーネは座っていて」
机の下へ潜り込んでいく殿下の姿がテーブルクロスですっかり見えなくなったのと同時に、水差しを持ったタジェロン様が応接室に戻ってきた。
2
お気に入りに追加
7,491
あなたにおすすめの小説

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる