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甘く淫らなラブロマンスの長編版(※短編の続きではありません)
特例
しおりを挟む「ここまでで、不明な点はございませんか?」
「はい、大丈夫です、ミセス・ハーバー」
キラエイ公爵邸で濃厚なラブシーンを覗き見してしまった翌日の午後。
ラッドレン殿下がアールガード辺境伯の領地へ視察に向かうのを見送った私は、王太子妃として知っておくべき王家の掟について学んでいる。
過去に王妃様にも教えていたことのある、ベテランの先生との個人授業。
「では婚姻後、三年を経過するまで一度も妻が妊娠しなかった場合、王家の血を残すために王室の男性は側室を持つことができる、という点はよろしいですね」
今日学ぶ内容は、結婚前にも王太子妃教育で学んだことのある事柄なのでよく理解しているつもり。
……では、いたけれど。
ラッドレン殿下と結婚したのに純潔を失うこと無く一年経った今、改めて聞いてみると何とも言えない思いが心の奥に広がっていく。
結婚前は、そんなに気にならなかった掟なのに。
昨晩、睦み合う男女の姿を見てしまったことも影響しているのかもしれない。
好きだから我慢できない、と言っていた……
まるで透明な水の中に、インクを一滴垂らしてしまったようにモヤモヤと何かが漂っている感じがする。
「続いては、妃の妊娠時に適用することができるふたつの特例についてです。まずひとつ目。『妃に妊娠の兆候がある時は、性行為による母体の負担を減らすため王室の男性は側室を持つことが可能』とされています」
「ミセス・ハーバー、質問してもよろしいでしょうか」
「はい。質問は随時していただいて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、ミセス・ハーバー。なぜこの特例は医師の診断を待たず、妊娠の兆候のみで認められてしまうのですか? それに、三年を経過する前に妊娠しているにもかかわらず側室を持てることに、矛盾を感じるのですが」
前に学んだ時はあまり疑問に思わなかったけれど、結婚し自分の身に差し迫ってきてようやく気がついた。
ダメね、もっと王太子妃としての自覚を持って、この事に限らず何事に対しても常に当事者意識を持って深く考えるようにしないと。
「それについては、この特例ができた背景と関係していますね。フレイツファルジュ王国四代目ビラヴィッド王はその妻リオーラ妃への盲愛が激しく毎晩のように長時間夜伽の相手をさせたため、医師による妊娠の診断がつく前にリオーラ妃は何度もお腹の子が流れてしまったと言われています」
そんな風に毎晩夜伽をなさる方もいるのね、私たち夫婦とは大違いだわ。
……一度もしたことのない私たちの方が、ビラヴィッド王からしてみると驚きの存在かもしれないけれど。
「そのため、母体の負担を少しでも減らして無事に出産を迎えることができるよう、当時の第二宰相が特に希望してこの特例を制定しました。当時の第二宰相はリオーラ妃の実父でもあります」
なるほど、この特例は娘の事を思う親心かしら。
私情を挟んで職権乱用だ、と今の時代だと批判されそうだけど。
当時は今ほど特例の制定に厳しくなかったのか、それとも第二宰相の力がそれだけ強かったのか。
「同じくビラヴィッド王の時代に、もうひとつの特例が制定されました。『妃に妊娠の兆候がある時は、母体の安寧を優先するため、宰相の審議により妃は実家にて長期静養することが可能』というものです」
「こちらも妊娠の兆候のみで認められてしまうのですね」
「はい、ただどちらの特例も現在に至るまで適用されたことは無く形骸化しているため、陛下が廃止を検討していると聞いています」
あら?
適用されたことが無い?
「フレイツファルジュ王国の王は一途な家系なのか、子を授からなかった時以外は側室を持つことが無かったのです」
「ミセス・ハーバー、ビラヴィッド王の時には、特例が適用されたのですよね?」
「いいえ、リオーラ妃を溺愛するビラヴィッド王は特例の制定後に妃が妊娠しても側室を迎えることは一切ありませんでした。そしてリオーラ妃が妊娠すると妻が実家へ帰ってしまうことを恐れ、夜伽を我慢してリオーラ妃の体調を第一に過ごし沢山の子宝に恵まれたという逸話が残っています」
「では、リオーラ妃は出産までビラヴィッド王のお側で過ごされたのですか」
「はい、恐らく実家に帰るのは、警備上の問題もあり難しかったのだとも思いますが」
リオーラ妃の事を愛し、自分の欲望を我慢していたビラヴィッド王。
私は愛する人のために、何をしてあげられるのかしら。
ラッドレン殿下の……ために。
ふ、と何かが心にひっかかった。
恐らくビラヴィッド王が側室を迎えなかったのは、愛するリオーラ妃以外の女性と閨を共にしたいと思わなかったから、よね。
それと同じで……殿下が私と閨を共にしないのは、心に想う女性がいてその方以外と閨を共にしたくないからかもしれない。
あと二年、子どもを授からなければ殿下は側室を迎えることができる。
殿下は愛する方のために、その時を待っているのかしら。
殿下が愛する方……
この一年で行った視察の頻度と期間を考えると、それはサフィニア様以外に考えられない。
そもそもあんなに素敵なサフィニア様を好きにならない男性なんていないと思う。
結婚前、学園で一緒だったころから親切にしてくださった殿下。
卒業してすぐに結婚した私が、慣れない環境でも毎日楽しく過ごせたのは優しい殿下のおかげ。
そんな殿下に政略結婚の相手である私がいることで、あと二年も待たせるなんて申し訳ない。
それなら殿下のために、私が妊娠したことにすればいいのでは。
今まで適用されたことが無くても、廃止されていない今なら特例はまだ有効だもの。
そうすればあと二年も待つ必要なく、殿下は堂々と愛する方を側室に迎えることができる。
――大好きな殿下には、愛する人と結ばれて幸せになってもらいたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【お知らせ】
このたびショートショートのお話を投稿しています。
タイトルは
『【R18】初恋拗らせ童貞ですが、最愛のお嬢様に処女を奪われそうです~イケメン童貞執事はちょろインなメガネっ娘の溺愛から逃げられない~ 』です。
もしお時間がありましたら、長編をお待ちの間の箸休めに読んでみてください。
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