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ラブコメ短編バージョン(※長編版とは展開が異なります)
*感謝*
しおりを挟む(本編最終話直後、城からの帰りの馬車にて)
「どうです、この後うちで話をしながらお茶でも。ミーネ嬢の焼いてくれたクッキーもありますし」
タジェロンの提案に同意しつつも、ネイブルは眉を寄せた。
「ミーネの奴、悪阻でつらいのに無理しやがって。ただでさえ王太子妃がクッキーを焼くなんてとんでもない事なのに」
「僕たちがミーネ嬢の作ってくれるクッキーが好きだって知ってるからね~。ミーネ嬢は学園にいた頃から自分の事より人のことを優先しちゃうから」
柔らかい眼差しで、マーコットが馬車の窓から空を見上げる。
「いや、学園にいた頃からじゃない。学園に入る前からだ、あいつは」
マーコットと反対側の窓から青く澄み渡った空を見上げ、ネイブルは小さくため息をついた。
タジェロンの部屋、明るい窓際に配置されたテーブルの上に三人分の紅茶とミーネの焼いたクッキーが並ぶ。
窓際の席に座り、幸せそうにクッキーをほおばるマーコット。
「ん、美味しいね♪」
「美味いな……」
ポツリと呟いたネイブルを、タジェロンが横目でチラリと見た。
「ネイブル、貴方はこれでよかったのですか?」
ちッと舌打ちをするネイブル。
行儀が悪いですよ、とタジェロンに窘められてもう一度舌打ちをした。
「ラッドレンがまわりからせっつかれて側室を迎えるようなことがあれば動こうと思っていたが、あの様子ならもう俺の出番はないだろ。お前こそよかったのか、タジェロン?」
「何のことでしょう?」
ふふ、とマーコットが悪戯っぽい顔で笑った。
「ふたりとも、殿下に負けず劣らず拗らせてるよねー」
「お前が言うな、マーコット」
紅茶にポトポト角砂糖を入れるマーコット。
入れすぎですよ、とタジェロンが窘める。
「僕はいっそのこと拗らせ続けて、殿下とミーネ嬢に娘が生まれたら狙おっかなー。ミーネ嬢に似ている可愛いお姫様なんて最高だね♪」
「本気ですか?」
「あははー、冗談だよ、冗談♪」
「お前が言うと笑えねぇ」
お互いの近況を話したあと、学園時代の思い出話に花が咲く三人。
気がついたら、紅茶の入ったカップもクッキーの載った皿も空になってからだいぶ時間が経っていた。
「そろそろお開きにしましょうか。ふたりとも忙しいでしょう?」
「今はタジェロンが一番忙しいんじゃないの? タジェロンの事だからきっと、殿下がミーネ嬢と一緒にいられる時間を作るために裏でいろいろ動いているんでしょう? 頑張り過ぎちゃダメだよ」
「無理するなよ、タジェロン。俺にできる事があればやるから」
ふたりの言葉に、タジェロンは心の中で感謝する。
将来の宰相候補と周りから期待の目で見られ常に努力を強いられる立場の者にとって、無理してまで努力し続けなくてもいいと言ってくれる友人の存在は貴重だ。
本当にありがたい。
素直に甘えられず、愛想のない言い方しかできないけれど。
「ではネイブルは、城の警備ついでに危険箇所の確認をお願いします。妊婦といずれ生まれてくる子どもが危ない目に遭わないように。城は広いですからね、大変ですよ」
「いきなり人使いが荒いな。ちッ、わかったよ、やるよ」
ふたりの様子をニコニコしながらマーコットは眺めていた。
なんだかんだ言っていても、ふたりの優しさが伝わってくるのが嬉しい。
「僕はミーネ嬢が楽できるように、子育てで役に立ちそうな品物の開拓しよーっと」
「そうだな、ミーネのことだから自分で子育てするとか言いだすだろうし」
「母親の負担が減るような品が、たくさん見つかるといいですね」
侍女が食器を片付けてテーブルの上がきれいになった。
ネイブルとマーコットは上着を羽織り、帰り支度をする。
部屋を出るためにドアのところへ着いたところで、タジェロンがふたりを振り返った。
「そうそう、大事なことを言い忘れるところでした。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます」
「ああっ!? なんだよ急に改まってお礼なんて。いいよ、お前の話に付き合うのなんてよくあることだろ」
タジェロンがネイブルを一瞥する。
「別にネイブルに言ったわけではありませんよ」
「えー、じゃあ誰に言ったの、僕?」
ふ、とタジェロンが小さく微笑んだ。
「誰でしょうねぇ」
「ちッ、よく分かんねぇけど俺も話を聞いてくれて感謝してるよ、ありがとな」
「では、またお会いできるのを楽しみにしていますよ」
表に出て迎えの馬車に乗る直前、ネイブルが何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、ラッドレンとミーネもお礼を言っていたな。直接伝えられずに申し訳ないって」
「私にですか?」
「さあな」
「僕にかなー?」
馬車に乗り込みながらネイブルが言葉を続ける。
「知らねえよ。それじゃ、またな」
「ええ、それでは、また」
ネイブルに続いて馬車へ乗り込んだマーコットが窓から顔を出して、見送るタジェロンに手を振った。
「今日も僕たちの話を聞いてくれてありがとう。ばいばーい、またねー」
読んでくださったすべての方に感謝をこめて
【完】
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