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ラブコメ短編バージョン(※長編版とは展開が異なります)

妊娠

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「ミーネが妊娠したと聞いたのだが」

 ひッと思わず悲鳴をあげてしまった。
 いるはずのない人物の声が聞こえたから。
 ここは夫婦の寝室だから、いてもおかしくない人ではあるのだけれど。

 でもその人物は、この部屋で寝たことは無い。寝る時はいつも自分の部屋にあるベッドを使っている。
 それに帰ってくるのは明日の昼間だと聞いていた。予定が早まったのかしら。

「どういう事かな、ミーネ?」

 確かにあの方のはずなのに、いつもの穏やかな声と違い低く怒気を含んだ聞いたことのない声色。
 少し、怖い。
 背中に置いたフカフカのクッションに寄りかかりベッドで本を読んでいた私は、おそるおそる声のした方へ顔を向ける。

 夫婦の寝室と王太子殿下の部屋を直接つなぐドアが開いたところに、その声の持ち主が立っていた。
 金髪碧眼の美丈夫で性格も優しい、若い女性なら誰もが憧れるこの国の王太子ラッドレン殿下。
 私の、夫。
 普段は柔らかな優しい表情しか見せたことのない殿下が、何かの痛みを堪えるようにシャツの胸元をギュッと掴み苦しげに眉を寄せている。

「まさか誰かに、無理矢理……? ミーネ、相手は分かるか?」

 あ、そうか。殿下ならそう思いますよね。
 他の方は皆、私のお腹に殿下の子どもがいると思って疑わないけれど。

 結婚して1年、私たちは閨を共にしたことが無い。結婚初夜の時でさえも。
 だから殿下は、自分の子が私のお腹にいないことを知っている。

 私たちに身体の関係が無いのも仕方のないこと。この国の王太子であるラッドレン殿下と公爵令嬢の私は政略結婚で結ばれた仲だもの。

 殿下は私のことを愛していないから、私の身体に触れようとしない。
 きっと殿下には、心に想う女性がいるのだろう。

 結婚して3年経っても妻が妊娠しなければ、王家の血を残すために王太子は側室を持つことができる。
 殿下は愛する方のためにその時を待っているのかもしれない、と先日ようやく思い至った。

 結婚前、学園で一緒だったころから親切にしてくださった殿下。
 学園を卒業してすぐに結婚してからも優しい殿下のおかげで毎日楽しく過ごしていたから、殿下の愛する人について考えが及ぶのに丸1年かかってしまった。なんて鈍い私。

 政略結婚の相手である私にも優しくしてくださる殿下に、あと2年も待たせるなんて申し訳ない。
 この国では性行為による母体の負担を減らすため、王太子妃に妊娠の兆候がある場合も側室を持つことが可能とされている。

 だから殿下のために、私が妊娠したことにすればいいと気がついた。
 そうすれば、殿下は堂々と愛する方を側室に迎えることができるもの。
 大好きな殿下には、愛する人と結ばれて幸せになってもらいたい。

 殿下が辺境へ視察に行っている半月の間、せっせと妊娠したフリをした。
 大好きな甘いデザートも、気持ち悪い吐き気がすると言って食べずに我慢して。
 すっぱくて少し苦手な柑橘を、食べたいとわざわざお願いをする。
 殿下が出発してすぐに月のモノがきたから、夫婦の寝室横にある浴室でこっそりと汚れた下着を洗って侍女たちにバレないようにした。

 努力の甲斐あって、数日前から妊娠の噂が囁かれ始める。
 でもまさか、私が事情を説明するよりも早く殿下の耳に話が伝わってしまうなんて。

 ぬか喜びさせたくなくて、殿下には事前に説明をしなかった。
 みんなが妊娠を信じてくれるか、分らなかったから。
 上手く噂が広まったら、殿下が視察から戻った時に事情を話そうと思っていた。
 そして殿下が側室を迎えたら、折を見て妊娠は残念な結果になったと広めればいい、と考えていて。

「……ああ、すまない、思い出させるように嫌なことを聞いて。答えなくていいよ」

 思い出すような嫌なことは何も無いから、答えることができない。

 私は妊娠など、していないのだから。
 妊娠に至るような行為を、したことがないのだから。

「俺の方で調べて、ミーネにつらい思いをさせた奴には必ずそれ相応の罰を与えるから、安心して」

 罰を与える? 誰に??
 学園にいたころから、弱きを助け強きを挫くという言葉が似合う正義感に満ちている殿下。

 このままでは私を孕ませた犯人を見つけるまで、探し続けてしまうだろう。
 絶対に探せないのに。

 まさかこんな寝る直前に、寝室で殿下と話をすることになるとは思わなかったけれど。
 明日話そうと思っていた事を、話しておかなければ。
 妊娠はフリだから皆が信じている間に側室を迎えてほしい、私は無理やり孕まされてなどいない、と。

「ち、違います、殿下。無理矢理などではありません!」
「無理矢理、では、無い……?」

 おや?
 殿下がいつもの爽やかな雰囲気ではなく、どす黒いオーラを纏っているように見えるのは気のせいでしょうか。

「ではミーネ、お腹の子は誰の子だ?」

 仄暗い目をして後ろ手にドアを閉めた殿下が、私のいるベッドの方へと近付いてきた。





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