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冷酷無慈悲だと噂の公爵様に娶られました

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「私が結婚……ですか。ひと月後にアヴァンタント公爵様と」

 ローテーブルへお茶を置いた直後のお盆を手に持ち立ったまま呟いた私に、ソファに座っている父は「そうだ」と告げた。

 そしてもう話は終わったとばかりに、鼻の下の長く伸びた髭を指で弄っている。

 今この応接間にいるのは父と義母と私、そして義姉とマクリ様の五人。

 父に代わって私へ話しかけてきたのは、父の隣に座っていた義母と向かいに座っている義姉だった。

「良かったじゃないの、公爵家から結婚の申し出なんてありがたい話だわ。まぁでもお相手の男性は、私の方が年が近いようだけれど」

 義母はそう言いながらローテーブルの端の方に何か置いた。
 どうやら置いたのは、お相手の男性の釣書らしい。「見てみたら」と言われたので床に膝をついて座りローテーブルに置かれた釣書を開く。

 義母の言う通り、お相手のゴーシュタイン・アヴァンタント公爵様は三十代後半、正確には三十七歳で十八歳の私よりもかなり年上だ。
 経歴を見ると公爵となったのはまだ最近の事で、その前は王立騎士団の団長を務めている。
 一緒に綴られていた絵姿は、巨大な魔獣を剣で仕留めた時の血腥い様子を描いたものだった。
 急な事だったためそれしか無かったというメモが添えられている。

「良かったわねメスフィルール、マクリ様と私が結婚する事になったから貴女は行き遅れるんじゃないかって心配していたの」

 義姉の隣でマクリ様は、われ関せずといった様子で私の淹れたお茶を啜っている。
 目と口を嬉しそうに歪ませた義姉が、話を続けた。

「冷酷で無慈悲だと有名な方だけど、離縁されないように頑張ってね」

 ゴーシュタイン・アヴァンタント公爵様……元騎士団長のお名前は、社交に疎い私でも知っていた。
 確かに冷酷で無慈悲だと噂されている。顔色ひとつ変えずに自分の背丈以上の魔獣を何頭も剣で斬り倒していくのだ、と。
 でもそれは国民を守るためにしている事で、好き好んでしていたわけではないと思う。

 この国には魔獣と呼ばれる巨大で狂暴化した獣たちが、森から出てきてはたびたび家畜を襲う。
 人の被害が報告される事だって少なくない。
 おとぎ話のように魔法のある世界だったら、腕力の無い私でも魔獣を退治する事ができたかもしれないけれど。
 魔獣への対抗策としては、騎士団に依頼して討伐してもらうしかないのがこの国の現状。

 このフテイシ伯爵領も、騎士団に守ってもらってきた。
 アヴァンタント公爵様は少し前まで団長としてその騎士団をまとめてきた方だもの、これからは感謝の気持ちを込めて精一杯尽くしていこう。

 そう決意したけれど結婚式までは伯爵領の仕事を義姉夫婦に引き継ぐための資料作りで忙しく、また、アヴァンタント公爵様の方も叙爵したばかりで多忙だったようで、やり取りは文書のみとなり実際にお会いできたのは結婚式当日となってしまった。

 結婚式直前の控え室で、ドレス姿の私を見たアヴァンタント公爵様が眉を寄せている。
 そして小さな声で「失敗したな……」と呟いた。

 何を失敗したのだろうか。私との結婚? それとも今の私の化粧や髪型の事?
 どこか変かしら……と心配になってアヴァンタント公爵様の目を見つめたら、困っているような顔をされた。

 身体は逞しく大きいし顔つきも精悍だけれど、少し困ったようなその表情はなんだか可愛らしい。
 そんな風に不敬な事を考えてしまう。するとアヴァンタント公爵様が少し掠れた声で呟いた。

「もう少し肌が隠れるものにすればよかった」

 人を雇う余裕が無くてフテイシ伯爵家では庭仕事も私がしていたから、胸元が空いたドレスで肌を晒して日焼けがみっともないと思われてしまったのだろうか。

「準備期間が無くて既製品に手を加えただけのドレスになってしまい、すまない」

 アヴァンタント公爵様が頭を下げようとしたので、慌てて近付き正面から両肩に手を添え止めた。
 なんだか密着してダンスを踊るような体勢になってしまったような気がする。

「あの、謝っていただかなくて大丈夫です。とても素敵なドレスですから」

 顔を上げ、アヴァンタント公爵様の顔を見上げる。
 アヴァンタント公爵様は眉をギュッと寄せると、私から顔を背けた。
 許可されていないのに身体に触れたから、気分を害されたのかもしれない。
 だけどドレスの事で謝ってくださるなんて、冷酷無慈悲だと言われているけれど根はとても優しい方なのだろう。

 アヴァンタント公爵様との結婚生活は、平穏に過ごせそうな気がする。

 ――そう思っていたけれど……。





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