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しおりを挟む今まで曲げていた腰を伸ばし、目を閉じてグーッと伸びをした。
農作業は腰を曲げている時間が多い。
ゆっくりと瞼を開けると、視界に飛び込んでくるのは緑色の景色。
しかも単純な緑じゃない。
薄かったり濃かったり、黄色に近い緑もあれば、青っぽい緑もある。
山に囲まれているこの土地から見える景色は、見事な風景画のよう。
本当に、綺麗――
ここに来て、よかった。
早いものであれからもうすぐ四か月が経とうとしている。
統哉さんと離婚してマンションを出た、あの日から。
いま私が住んでいるのは、離婚前に統哉さんと暮らしていた都内のマンションから電車で二時間以上、さらにバスで40分かかる農村地帯。
そのバスも、一時間に一本あるかないかという状況。
空き家だった古民家を借り、ひとりで住んでいる。
一人暮らしには大きすぎる家だけれど、格安で借りる事ができたのは本当にありがたい。
家からそう遠くない所に畑も借りる事ができた。
いつか農協や道の駅で、私の作った野菜が美味しいと言ってもらえるようになる事が、今の私の目標。
まだまだ家庭菜園のレベルだけれど。
突然移住してきた私に、村の人たちは意外なくらい親切にしてくれた。
よそ者が来たと敬遠されるかと思っていたのに。
若い人がどんどん減っているらしく、30歳の私の事も若者が来てよかったと大歓迎してくれて。
特にお年寄りの方は野菜の植え方を教えてくれたり、農作物のお裾分けをしてくれたりと、毎日のように誰かが話しかけに来てくれる。
私の両親は駆け落ち同然で結婚したらしく、祖父母の顔を見たことが無かったから初めて味わう孫の気分。
なんだか少しくすぐったい。でも、嬉しい。
そう感じるのは、私に家族や友達がいないからかな。
私が小さい頃に父が亡くなり、母は苦労して私を育ててくれた。
大人になったら母を楽にしてあげたいと、小さな頃からがむしゃらに勉強をがんばっていた私。
友達と遊んだ記憶は、ほとんど無い。
でもその甲斐あって最難関の国立大学に合格する事ができた。
だけど母は、私の大学受験が終わるのとほぼ同時期に亡くなってしまって。
頼れる親戚もいないから、塾でアルバイトをしながら大学に通う日々。
大学の勉強は想像以上に大変で、遊ぶ時間は無かった。
だけど大学を卒業したら、私はひとりで生活する必要があるから。
遊ぶ時間は無くても、就職するための準備はしないといけない。
将来の役に立つかもしれないと経営について学ぶサークルに入り、そこで統哉さんと出会い家族になれたのは奇跡だったと思う。
統哉さんの事も仕事も大切にしたくて。
自分なりに努力してきたつもりだった。
だけど。
統哉さんと離婚して、仕事も家族も同時に失ってしまった。
ん……?
じゃりじゃりじゃり……と舗装されていない道路を車が走る音。
大きな麦わら帽子のつばを少し上げ、音のする方へ顔を向ける。
白い軽トラックがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【お礼&お詫び】
お気に入り登録のままお待ちくださった読者様、本当にありがとうございます。
この小説エタるんじゃないか、とご心配をおかけして大変申し訳ありません。
亀更新で恐縮ですが、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
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