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しおりを挟む転移魔法のような光が消えていく。
視界がはっきりしてきたので辺りを見回した。
星の位置が、やけに近い。
私、いま空にいるのかもしれない。
ぁ……でも……。
星かと思ったら、先ほど地上から見上げていた花火のような光だわ、これ。
ヴェルク様にお姫様抱っこされたまま、首だけ動かして下を眺めた。
夜なのに、不思議とここからよく見える。
遥か下の方にある、魔界へと通じる扉が。
ヴェルク様がフッと息を吐くと、三日月のような形をした揺り椅子みたいな物体が空中に現れた。
私を横抱きにしたまま、夜空に浮かぶ三日月らしき物に座ったヴェルク様の顔を見上げる。
ヴェルク様は膝の上に座る私の頬に手を添えて、甘やかすように優しく微笑んだ。
でも私は、ヴェルク様に甘えてはいけない。
私のせいで、ヴェルク様は……
頬に添えられた大きな手を両手で包み、顔からそっと離す。
「手を、手を見せてください……ヴェルク様……っ」
私をかばってクリスタルに貫かれ、血がドバドバ流れ落ちていたヴェルク様の手のひら。
魔王の魔力によるものだろうか。
いつの間にか血は止まり、傷口もほぼ塞がっていた。
だけど……
傷が治るのが早くても、貫かれた瞬間は人と同じように痛みを感じたに違いない。
「ごめんなさいヴェルク様。私の、せいで……」
「リリィ、もう大丈夫だから」
「本当ですか、ヴェルク様……まだ痛いのでは……」
「本当に、大丈……」
ヴェルク様は言葉を切ると、私の首元にポスッと顔をうずめた。
「いや、まだ痛い。リリィに慰めてもらわねば」
珍しく甘えるような様子のヴェルク様。
矢も無いのにズキュンと音を立てて心臓を打ち抜かれた気がするのは、気のせい?
「ヴェルク様、私の事を怒っていいんですよ」
おそるおそるヴェルク様の頭を撫でてみる。
嫌がられないといいな、と思いながら。
「リリィを怒る? なぜ?」
「私のせいで怪我をさせてしまったし、それに、私との結婚の話をされて、勝手に事を進めるなとおっしゃっていたでしょう?」
私との結婚なんて、ヴェルク様は考えてもいなかっただろうし。
それなのに周りで勝手に結婚式を計画されて、怒っているに違いない。
頭を撫でていた私の手をとると、その指先にそっと唇で触れたヴェルク様。
「リリィの事は怒っていないよ。我がまだ求婚もしていないのに結婚を決められた事に怒っているだけだ」
「まだ、って……?」
顔を上げたヴェルク様は、空中に片手を伸ばし何かを掴むようなしぐさをした。
空中で握った拳を私の目の前に持ってきて、そぉっと開く。
ヴェルク様の手の中にあったのは、通常のものよりもだいぶ小さな、白い百合の花。
初めて出会った日に、私の髪へ飾ってくれたものと同じ。
あの日のように私の髪へ百合の花を挿すと、ヴェルク様はまっすぐ私の目を見つめた。
「リリィ、愛している。我と結婚して欲しい」
ヴェルク様の眼差しが熱くて、思わず目を逸らしてしまう。
「私で……いいのですか?」
「リリィが、いいんだ」
本当に……?
おずおずと顔を上げる。
ヴェルク様と目が合って、どちらからともなくふたりでフフ、と一緒に笑った。
あの日の、ように。
「ヴェルク様……私、ヴェルク様の運命の相手でよかったです」
「なぜそんな事を、リリィ?」
「運命の相手だったから、こうしてヴェルク様に好きになってもらえたので」
ヴェルク様が少し目を見開いた。
私、変な事を言ったかしら?
「我がリリィに惚れたのは、リリィが運命の相手だと分かるより前だ。身を挺してアエルを守ろうとするその勇気に惚れて」
運命の相手だと分かるより、前……?
「だから、キスもした。運命の相手かどうか関係なく、我が好きになったのはリリィだよ」
鼻の奥がツンとして、咄嗟にヴェルク様の胸へ顔をうずめた。
「嬉しいですヴェルク様、ありがとうございます」
「礼を言うのは我の方だ、リリィ。我と出会ってくれて感謝している」
「……ふ、……ぇぅ……っ……」
止めようとしても目から涙が零れてしまう。
ヴェルク様は私の身体を優しく抱きしめると、大きな手で頭を撫でてくれた。
「我がいる所でなら、好きなだけ泣いていい」
「ヴェるくしゃま……」
少しだけ身体を離されたと思ったら、そっと目尻にキスをされた。
「リリィの涙が、甘い」
私の涙が甘いのは、きっと嬉し涙だから。
そのまま、ちゅ、ちゅ、と口づけを繰り返すヴェルク様。
たくさんキスをされた後、ペロ……と目尻を舐められ思わず笑ってしまった。
ヴェルク様と一緒にいられて、幸せ。
ずっとこうしていたいけど。
「みんなが心配しているかもしれません、そろそろ戻りましょうヴェルク様」
「リリィとずっとこうしていたいが……そうだな、一度戻るか」
ヴェルク様の言葉が終わるのと同時に、再び転移魔法の光で包まれた。
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