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 とうとう明日、満月を迎えてしまう。
 満月の夜なんて、永遠に来なければいいのに。



 湯浴みの時、ヴェルク様はそっと触れるくらいの強さで私の身体に手を当てると、優しく撫でるようにして洗い始めた。
 ヴェルク様の手が私の肌を滑るたびに肩がピクピクと揺れてしまうのが恥ずかしい。

 少し前までは、こうされると恥ずかしいから止めてほしいと思っていたけれど。
 今日は恥ずかしくても、ずっとずっとこうしていて欲しいと思ってしまう。

「ヴェルク、さま……」

 少しでもくっついていたくて、ヴェルク様の首にぎゅッと抱きつく。
 お互いに何も身に着けていない肌と肌の感触が気持ちいい。

 フッとヴェルク様の小さく笑う声が聞こえた。
 私の身体を横抱きにしたヴェルク様はそのまま、とぷん、と満天の星空の下の湯に入る。

 ああ……ヴェルク様に抱きしめられたまま入る温泉は、なんて幸せなんだろう。
 頭の中が、蕩けそう……このまま蕩けて、明日の事なんて何も考えられなくなってしまえばいいのに。

 ヴェルク様の顔を見上げた。
 湯で濡れた大好きな人の唇が、すぐ目の前にある。

「キスしても……いいですか……?」
「初めてだな、リリィがこんな風に甘えてくるなんて」
「ぁ……ごめん……なさい……」
「謝らなくていい。むしろ、もっと甘えてほしいのだから」

 そっと唇を重ねられた。
 ちゅ、ちゅ、と角度を変えながら何度もされる優しい口づけ。

 唇の感触に慣れてくると、どうしてもヴェルク様を求めるように薄く口を開けてしまう。
 入ってきたヴェルク様の舌のヌルリとした感触に、ゾクゾクしてお尻が浮くような快感が走る。

 歯の裏側、上顎、とヴェルク様の舌で撫でられるのが、好き。舌をたくさん絡めてから、ジュッと吸われるのも、好き。
 他の人には絶対にされたくないけど、愛している人にはたくさんして欲しい深いキス。

 ゆっくりと唇が離れていく。
 目を開けると、ヴェルク様の金と銀の瞳にジッと見つめられていた。

 ん……?
 ほんの少しだけ、ヴェルク様が眉をひそめているような……?

「ヴェルク様……?」
「いつもと違う味がする……」

 ドキッとした。
 心の乱れが唾液に伝わってしまったんだ、きっと。

「今日はアエルと追いかけっこして遊んだので、少し疲れたのかもしれません」

 そう言ってヴェルク様に笑いかける。
 笑みを返してくれるかと思ったけれど、ヴェルク様の視線は険しくて。
 私はその視線から逃れるように、ヴェルク様の首に顔をうずめた。

「疲れたので、今夜は黒狼のヴェルク様に包まれて眠りたいです」

 本当は、ヴェルク様と過ごせる最後の夜だから、深く深く愛し合いたい。
 でも、自分から誘うような事を言ったら、ますます怪しまれちゃうから、言えない。

 ヴェルク様の首に顔をうずめた私の髪が、そっと優しく撫でられた。

「では、部屋へ戻ろうか。今夜はゆっくりと眠るだけにしよう」



 大きなベッドの上で、黒狼に姿を変えたヴェルク様がクルリと巻きついて裸の私を包み込む。
 身体を包まれたまま、そぉっと黒狼のヴェルク様のお腹に寄りかかった。

 温かくて涙が出そう。
 ヴェルク様の呼吸に合わせてゆっくりと上下するお腹が心地いい。

「明日のお泊まり会、楽しみですね」
「我はこうしてリリィとふたりきりで過ごす方が楽しいのだが」

 明日はヴェルク様とファロスも一緒に銀の魔王城へ泊まりに行く。
 食事は魔王城の庭で肉や野菜や魚を焼いて食べる予定。
 味付けは塩と事前に作っておいたタレだけ。
 アエルとアリアの以外の食材は大きめに切ればいいから、準備が楽でいい。
 その分みんなで話す時間がたくさんとれる。

 夜はアエルとアリアと私の三人で一緒に寝る約束をしていて。
 ヴェルク様とファロスは、前に私が提案したセルヴィル王国とノワール王国の国境を流れる暴れ川に橋をかける計画について、ゾマ様とサティ様そしてトルタル様と話をすることになっていた。

 魔界への扉を封じる話は、ゾマ様とサティ様も知らない。
 知っているのはクルーティス国王陛下とレオン様、トルタル様と……私はまだ会ったことのないセルヴィル王国の聖女様。

 アエルとアリアが寝たら、セルヴィル王国の聖女様が、私と代わってふたりの側にいてくれる手筈になっている。
 魔力の雰囲気が似ているから数時間であればトルタル様の張る結界の中で私のダミーとしてヴェルク様の目をごまかすことができるだろう、とトルタル様に言われていた。

 セルヴィル王国の聖女様が協力してくれるなんて驚いたけれど、前々からトルタル様は聖女様と交流があったらしい。
 なんでもセルヴィル王国の聖女様は、トルタル様が行っている実験に協力しているそう。

 クルーティス王国では、国王陛下しか魔王城との交流をしていなかったのに。
 国が違うと、色々と常識も違うのね。

「寒くないか、リリィ?」
「……少し、寒いです」
 
 本当は、黒狼のヴェルク様の柔らかな毛に包まれて暖かいけれど。
 もっと暖めて欲しくて、小さな嘘をついてしまった。

「力が強すぎたら、すぐに教えてくれ」

 私を包むヴェルク様の身体に、力が込められる。
 ギュッと抱きしめられているみたいで、嬉しい。



 目を瞑っていると、どうしても明日の事を考えてしまう。
 明日の夜、銀の魔王城から鏡に入って金の魔王城へ行けば、レオン様が待っていてくれるはず。
 そしてレオン様が私をクルーティス王国とセルヴィル王国の国境山脈の奥地、金の魔王城と銀の魔王城の間にあると言われている魔界へと通じる扉まで連れて行ってくれる事になっている。

 考えていたら、切なくなってきてしまった。なんだか胸が苦しい。
 ヴェルク様とキスをしている時でなくてよかった。
 こんなことを考えながらキスをしていたら、絶対に体液に影響して唾液が苦くなってしまうから。



 満月の夜、扉の前で……
 そこに着いてしまったら、私は……



 魔界への扉を封じるために、殺される――。





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