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 以前と変わらず威風堂々とした国王陛下のお姿を拝見して、執務室のドアを入ったばかりのところで自然と頭を下げた。
 顔を上げよ、との陛下のお言葉を受け、ゆっくりと頭の位置を戻し陛下のお顔を見つめる。
 子どもの姿のレオン様はスタスタと部屋の中央まで歩き、慣れたように応接用のソファへと腰をおろしていた。


「久しぶりだな、リリィ」

「ご無沙汰しております、陛下」


 聖女として城に仕えるようになった私を、前王妃様と共に娘のように慈しんでくださった陛下。
 少し、顔色が悪いような気がする。
 国の聖女がテータ様ひとりとなったことも陛下のご心労を重ねた原因のひとつかと思うと心苦しい。


「ご挨拶もせずに城を出たご無礼を、どうかお許しください」

 こちらへ、と促され陛下とローテーブルを挟んでソファに座る。レオン様と並んで座る私を見つめる陛下の表情が、ふ、と柔らかくなった。
 普段、皆の前では厳しさを感じさせて怖いくらいの方なのに。

「デセーオが、申し訳ない事をした。いや、そもそもの間違いは、王位継承権について昔からの慣習どおり生まれ順のまま見直しをしなかったことにある」

 陛下が、ほんの少しだけ父親の表情を見せる。

「デセーオには王位継承権を与えず好きなことをさせてやれば良かったのかもしれない。人には向き不向きがあるのに……」

 辛そうに眉間に皺を寄せた。

「次期王位の立場をデセーオに押しつけた自分の責任だ。デセーオが王になっても王妃としてリリィがいればと甘え……、いや、すまない、今のは言うべきではなかった」

 ゆっくりと首を横に振る陛下。
 次にこちらへ顔を向けた時には、いつも皆の前に立つ時の陛下の表情に戻られていた。

「リリィ、愚息が其方に国外追放を言い渡したにもかかわらず、身勝手な話をすることになって申し訳ないと重々承知はしている。だが、聖女としてこのクルーティス王国に力を貸してほしい」

「聖女として……?」

「先日、世界が闇に包まれかけたのはリリィも知っているだろうか?」

 陛下の問いかけに、はい、と頷く。
 知っているも何も、目の前でヴェルク様の魔力が暴走して闇が広がるところを見ていた。

「その闇を見てから、国民は不安になっている。次に何か起きたら多くの者がパニックを起こすだろう」

 それを防ぐために、聖女として何かできることがあるのだろうか。
 闇を防ぐ、なら協力できるかもしれない。
 ヴェルク様の心が、怒りを感じることなくいつも穏やかでいられればよいのだから。
 その事に心を尽くせるのならば、とても幸せな役目だと思う。聖女として、とは少し違う役割だけれど。

 陛下が、チラリとレオン様の方に視線を向けてから言葉を続けた。

「実は……、近いうちに魔界から、魔力の強い魔族が多数こちらの世界へやってくるというのだ」

「魔界、から?」

「そう、魔界から。次の満月にたくさん魔族が来るよ、マミィ」

 驚く私の横から、追い打ちをかけるようにレオン様が繰り返した。

「マミィは知らないかな、満月の晩がくるたびに魔界への扉が開くこと。でも通常は隠居する者がこちらの世界から向こうへ出て行くだけ。そいつらを扉まで送ってやって迎えの者に引き渡すのが俺様なんだけど、前回の満月の晩、迎えの奴が言ってたんだよね。次の満月には多くの者が魔界からそちらの世界へ行くと」

 魔界、から、こちらの世界へ??

 驚きで言葉が出ない私に向かって、レオン様は楽しそうに話を続けた。

「言っておくけど向こうにいる魔族は、こちらにいる魔物とは桁違いに強いからね。まあ、俺様くらいのがウヨウヨいる感じかな。人間が一瞬で滅びないといいんだけど。一瞬じゃ楽しくないもんね」

 魔王クラスの魔族がたくさん来る??
 いったいそれに対して、人間に何ができると言うの!?

 帰ったらヴェルク様に、相談する?
 助けてほしい……けど、来るのはヴェルク様と同じ魔族、ヴェルク様の仲間。

 やっぱり……助けてほしい、なんて、言えない。


「俺様は優しいからね、他の魔族とは違って人間にがんばって抵抗してほしいと思っている。その方がおもしろいから」


 助けてほしいという私の心を見透かしたように、レオン様が悪い笑みを浮かべた。


「マミィも聞いたことない? 遥か昔、魔界への扉を封じた聖女の話」


 聞いたこと……ある。

 レオン様の言葉を受けて、陛下が話を続ける。

「王太子の時、この大陸の歴史を学ぶ中で、太古の昔に魔界への扉を数千年ものあいだ閉じたことで大陸を救ったと云われる聖女の伝説を聞いたことがある。だが、扉を封じた方法は分からないとされていた」

 その話は、私も王太子妃教育でチラリとだけれど耳にした。
 本当の話か、伝説でしかないのか、今となっては誰にもわからない話。

 わからない、けれど……

「図々しい願いだとは分かっている。だが、この件についてどうか、リリィの力を貸してほしい」

 もし本当に魔族がこちらの世界にやってくるのならば、人々が、この国が、この大陸が混乱の渦に巻き込まれるのは目に見えている。

「わかり……ました……」

 陛下が私に向かって、すまない、と深く頭を下げたので慌てて止めさせた。

 魔族がこちらの世界に来ることに対して、誰かに責任があるわけではない。

「……私も聖女の伝説について調べて、できる限り協力させていただきます」

 でも……どうしよう……。
 ヴェルク様には、相談できない。

「まあ、昔のことだから、調べるなら年寄に聞くのが早いよなぁ」

 レオン様がポツリと呟く。

 確か……ゾマ様の側近の亀さんって、こちらの世界にいる魔物で一番長生きしている方だとファロスが言っていた。

 ヴェルク様に気づかれないように、こっそりと話をすること、できるかしら。







 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 

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