55 / 70
54
しおりを挟む窓から差し込んでくる光で自然と目が覚めた。
爽やかな陽の光に包まれているのに、なんだか身体が重い……。動こうとしても、動けない。
「……んぅ……リ、ィ……」
「え、ヴェルク様!?」
聞き覚えのある声なのに、初めて聞く寝言のような甘えた声音に驚いて、思わず胸元を見る。
私の胸に顔をうずめて、ヴェルク様が寝ていた。
美しさは損なわれていないけれど無防備な寝顔が、なんとも可愛らしい。
よく見ると、背中に手をまわされてガッチリと抱きしめられている。道理で動けなかったわけだ。
私の身体にまわされた腕が何も身につけていないことに気づき、抱きしめられている自分も裸であることを認識した途端、かあぁぁあ、と顔が熱くなる。
私、私、ヴェルク様と、昨日――
気を抜くと、ぽわぽわしてしまいそうな心を落ち着かせるため、胸元にうずめられた頭を撫でてみた。
撫でていると、愛おしさが込み上げてくる。
痛かったけど、幸せだった昨日の出来事も蘇ってきて。
自然と、涙が出てきた。
「……リリィ?」
いつの間にか目を開けていたヴェルク様が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
慌てて涙を拭おうとした手が目元に届く前に、包み込むように握られた。
「昨夜……つらかったか、リリィ?」
ブンブンと首を横に振る。
ヴェルク様はジッと私を見つめてから、目尻をペロリと舐めた。
「苦くは……ない、な」
少し安心したような眼をすると手を伸ばして私の髪を梳いてくる。
何度も、何度も。
時おり一房すくって口づけては、幸せそうに微笑んで。
その顔を見ていたら、なぜかポロポロポロポロ涙が零れた。
「な……リ、リィ……?」
「泣いて……ごめ、なさ、うれ、し……くて」
涙で視界が滲んでいたけれど、ヴェルク様が目を大きく見開いたのが分かった。
ぎゅうッと抱きしめられ、頭をポンポンとされる。
「我もだ、リリィ」
大好きな、甘くて低いヴェルク様の声を聞いたら、また一つ新しい涙が零れた。
遠くの方で、子どもの嬉しそうな声が響いている。
『パパー!!』
ん? パパ??
「今の……アエルの声、ですかね?」
「あぁ、ゾマの気配がする。今回はいつもよりもサティが長く泊まっていたから、痺れを切らして迎えにきたのだろう」
ゾマ……恐らく、銀の魔王のこと。
ヴェルク様は優しい魔王だけれど、銀の魔王はどうなのかしら?
恐ろしい魔王だったり、するのでしょうか?
「サティ様が無理やり連れていかれたり、長く不在にしていたことを怒られたりしませんかね?」
「いや……それは無いだろう。あのふたりでは、断然サティの方が強い」
え、そうなの? それは意外。
サティ様、あんなに儚げな感じなのに。
「ま、久しぶりに親子水入らずとなるし。しばらく放っておいても構わないだろう」
ヴェルク様が再び私の胸元に顔をうずめてきた。
心臓のドキドキが伝わってしまいそうで、少し恥ずかしい。
親子水入らず、か。私には前世でも今世でも縁がなかった言葉。
少し、羨ましい。
あ、そういえば……。
「ヴェルク様のご両親は、魔界にいらっしゃるのですか?」
「父は、いる。だが母はいない。母は我とサティを産んで、まだ赤子だった頃に亡くなっているから、ほんの微かな記憶しかないな」
「そう……ですか。お母様は……」
私には前世でも今世でも元々家族がいなかったから、失う悲しみは知らない。けれど少しでも記憶があると、寂しい気持ちも大きくなるのではないだろうか。
胸元にうずめられたヴェルク様の頭をそっと撫でる。
「母は人間だったからな。寿命が短い。仕方のない事だ」
ヴェルク様はもう三千年近く生きていると言っていた。
この大陸の三国の歴史は長い。
おそらく数万年は続いていると言われている。
前世では考えられない国の歴史の長さ。
その中で、人はどれだけ入れ替わってきたのだろう。
ヴェルク様も三千年の間で、王が何代も替わっていくのを見てきたに違いない。
「リリィ、一緒にいられる間は、できるだけそばにいてほしい」
ヴェルク様の声が何かに怯える子どものように小さかったので、思わず胸元にうずめられた頭を抱きしめた。
魔王の寿命はわからないけれど、私が死んだあとヴェルク様はいったいどれだけ長い時間を過ごされるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【お知らせ】
ここまでの閲覧ありがとうございます。
ふとした拍子に『コミュ障』の単語が目に入って、コミュ障でもあなたはあなたのままでいいよ、の想いが溢れショートショートを書いてしまいました。
長編が亀更新にもかかわらず申し訳ありません。
タイトルは
『コミュ障の私が女勇者になってしまいました。世界を救えなかったらごめんなさい m(_ _)m 』
となっております。
※ショートショートに出てくる魔王は、この話の魔王とは別人です。
全年齢向け一日一話、三日で完結のあっさりほのぼのとしたお話。
長編の箸休めに、よかったらご一読ください。
亀更新ではありますが、長編の方も引き続きお付き合いいただければ幸いです。
11
お気に入りに追加
1,027
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる