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しおりを挟む――ふぁぁ、温かい。
ぬくもりに包まれていて、幸せな気分でまどろむ。
? 湯けむり??
目線を下げると、肩の少し下のところまで乳白色の湯。
温泉? あれ? 私、卒業旅行に行くことにしたっけ??
短大で同じ学科の友達から、もうすぐ卒業だからと温泉旅行に誘われていたのは憶えている。
でも家族がいなくて奨学金とアルバイトの収入しかない私には、旅行代を捻出するのが厳しくて。
確か、断ったと思ったけど。
そっか、行くことにしたのか、私。
みんなはまだ体を洗っているのかな。
ふふ、こんなに広い露天風呂を独り占めなんて、贅沢。
温泉って、こんなに気持ちいいのね。
木々に囲まれて、自然の中にあって。
岩風呂なのに、極上の椅子に座ってお湯に入れるなんて。
程よい硬さで私の体を受けとめてくれている座り心地抜群の椅子に、背中を預けて寄りかかっている私。
背中の下の方、腰の辺りを一段と硬いものでグッと押されているのも気持ちいい。
目線を上げて、空を見つめる。
湯けむりの向こうに輝く、満天の星。
星たちは湯けむりの白さにも負けず、まるで夜空に宝石をちりばめたように煌めいていた。
「綺麗……」
ほぅ……と、ため息をつく。知らなかった、温泉って、露天風呂って、極楽だわ。
「目が覚めたか、リリィ」
後ろから聞こえた声に、ビクッと心臓が飛び跳ねてパチンとまどろみから覚醒した。
――極楽で、魔王、の、声!?
ギクシャクと首だけ動かして後ろを見る。
すぐそばに、心臓が止まりそうなくらい麗しい魔王の顔。
しかも濡れた髪と温泉でほんのり上気した頬によって、色気まで醸し出していた。
!? 私ッ、魔王を、座椅子にしてる!?
しかも、腰に当たってる硬いのって、まさか、まさか、魔王、の……!?
「あ、あの、あのあの、魔王様。私の勘違いでなければ、貴方様も、私も、裸、では?」
「リリィ、魔王ではなくて、ヴェルクだ」
耳元で聞こえる魔王の声が、低くて甘くてなんだかゾクゾクする。
「温泉は、裸で入るものだろう? リリィの国では違ったのか?」
いえ、裸で、入るけれど……。
やっぱり、この硬いのは、魔王の……!?
しかも、乳白色のお湯で見えないとはいえ、私も裸なんて恥ずかしすぎる……。
……ん? あれ? 私、どうやってドレス脱いだのかしら。
え? え? え? ということは
「……もしかして、私の裸、見ました?」
「安心しろリリィ、他の誰にも其方の裸は見せていないから」
いえ、他の誰にもを聞いているのではなくて。
いや、きっとドレスを脱がせてくれた侍女の方は別ですよね ……
「侍女の方は、見たのでしょう?」
「いや、我の城に侍女はいない。そもそも城内に女も雌もいない」
「では、ファロスとアエルが……」
彼らは、他の誰にも、には含まれませんよね。きっと彼らがドレスを脱がせてくれたのですよね。
「ファロスは雄だ。アエルだって幼くても男の子だからね、大丈夫、ふたりにもリリィの裸は見せていないよ」
大丈夫じゃないですーっっ!!
それなら誰が、いったい誰が私のドレスを脱がせてくれたというの!?
わたしの予想が正しければ、と言いますか消去法でいくと確実にひとりしかいないのですが!!??
「背中から太腿にかけては湯に入る前に治療したのだが、そこでリリィがクシャミをしたものだから湯に浸かった。体が温まったようであれば今から胸と足裏の治療をしたいのだが、よいか?」
そういえば、結構な傷だったはずなのに背中はもうちっとも痛くない。
胸と足裏はまだお湯がピリピリと沁みるのに。
そうか、治療のためにドレスを脱がせてくれたのですね。
見られて恥ずかしいなんて思ってしまってごめんなさい。
こんなにすぐ治るっていうことは、魔王の治癒魔法は相当なレベル。
……見てみたい、魔王の治癒魔法を。
「では、胸の傷の治療を、お願い、します」
私の言葉が終わると、魔王は私の脇の下に後ろから手を差し入れ、座ったまま子どもを高い高いするように私の身体を湯から持ち上げた。
咄嗟に胸に手を当て隠す。
魔王はそのままクルリと私の身体を自分の方に向けさせると、あぐらで座る足の上に跨らせるようして私の身体を下ろした。
裸同士で魔王と向き合っている。
しかも、彼の足に跨って。
とてつもなく恥ずかしい。
――ダメダメ、これから治療をするのだし、恥ずかしいなんて思ったら失礼でしょ。
魔王がどんな魔法を使うのか、この目でしっかり見ておかないと。
フッと魔王が笑った。
「リリィ、傷を手で隠されては治療ができない」
そうね、反射的に隠してしまったけれど、治療なのだから隠す必要はない。
魔王は私の両手首を掴むと、扉を開けるようにゆっくりと左右に広げた。
ち、治療、だ……けど、魔王に胸を晒していると思うと、やっぱり恥ずかしい。
顔が、熱い。心臓が、飛び出そう。
どうしよう、魔法をかけるのに唾液をつけるため、胸に口で触れられたりするのかな。チュって。
だけど息で雲も動かせるくらいだし、息を吹きかけるだけで呼気に含まれる体液で治療できたりするのかも。
「リリィは肌も美しい。この傷が残らぬように消してあげよう」
美しいと言われて、ますます顔が熱くなる。
ゆっくりと魔王の顔が胸に近付いてきた。
両手首は魔王に掴まれたまま。
強く握られているわけではないのに、なぜか魔法をかけられたように動けず逃げ出すことができない。
やはり唾液はつけるのですね。
どうしても恥ずかしい気持ちは生じちゃうけど、一瞬で終わるから大丈夫。注射みたいなもの。
魔王の唇が乳房の傷に触れた瞬間、ピクッと肩を揺らしてしまった。
ふぅ、でも触れるのはこれで終わり……。
さて、魔王はどんな魔法を詠唱するのかしら。
それとも、詠唱しないで魔法をかけるの?
それならそれで、空気とか変化を感じとらないと。
もしかしたら将来、人間も詠唱なしで魔法を使えるようになるヒントになるかもしれないし。
魔王の次の動きをじっと息を殺して待つ。
「ァ、んッ……!」
思わず自分の口から発せられた、初めて聞く甘みを帯びた高い声。
舌が、魔王の舌が、私の乳房の傷を這っている。
あぐらで座る魔王に跨っている脚の付け根あたりが、ジンと疼いた。
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