上 下
12 / 70

11

しおりを挟む


「驚いたな。キスとは、こんなにも甘いのか」


 ま、魔王ッ、私の肩に頭をのせて、しかもこちらを向いて程よく低く掠れた声で囁かないでくださいッ。
 胸が、胸がキュンキュンして苦しいッ。
 もしかして、キスした時に何か魔法をかけましたか!?
 心臓が壊れそうなくらい魔法で攻撃してくるのは、やめてほしいですッッ。


「しかも、伝わってくる魔力がそこら辺の魔物よりも強い。リリィ、其方は、いったい……」


 だから、そこで喋らないでーッ!
 いったい、何の魔法を使っているの? 集中的に胸のあたりにダメージを与えてくる。こんな魔法、私は知らない。
 いつの間に魔法をかけたの? 魔王は詠唱しないで魔法を使えるって、本当の話だったのね。


「わ、私、クルーティス王国の聖女なんです。『元』、ですけど」

「そうか……この強い魔力、聖女のものなのか。しかし、『元』、とは? なぜこんな時間にこのような格好で、森に? あぁ、でも」


 何かを思い出したように、魔王が私の肩から顔をあげた。
 それと同時に私の胸のキュンキュンも、少し収まったみたい。

 助かった……。

 そ、それにしても先ほどのキスが甘いって驚いていたあの言い方、黒の魔王、童……らしいけれど、キスも、初めてだったのでしょうか。
 ま、まぁ、私もファーストキスだったので、人の事は言えないのですけれど。


「こんなところで話すのもアレだな。レオンが来たら面倒くさいことになるし」


 レオン、って金の魔王の事、ですよね。
 そっか、ここ魔の森は、金の魔王の領域だから。


「城へ行こう、リリィ」


 え? 城? クルーティス城? 隣国のノワール城? それとも、まさか、黒の、魔王城?

 混乱する私をよそに、魔王は空に向かってヒューッと口笛を吹いた。
 アエルを背に乗せたファロスが、羽をバッサバッサと羽ばたかせながらこちらへと戻ってくる。
 地面に降りたアエルは私たちの方へと駆け出してきて、その後ろから首を左右に少し揺らしながらファロスがこちらに向かって歩いてきた。


「ギョギョギョーッッ! ヴェルク様、思ったよりも早かったですな。平気、平気、早いからってそんなに落ち込みなさるな、初めてなら仕方ない事ですぞ。よかった、よかった、無事に童て……ムギョムグムゴゴッッ!?」


 口封じの魔法をかけられたのか、ファロスは突然くちばしを開くことができなくなったようで、慌てたように羽をバタバタさせている。


「ヴェルク、早いから、落ち込んでるの?」


 私たちのところに駆け寄ってきたアエルが、魔王の顔を見上げながら首を傾げた。


 か、可愛いアエル、その表情。
 質問の内容は、アレだけど。

 私を片手で抱きしめたまま、魔王は反対の手でアエルの頭を優しく撫でた。


「落ち込んでないよ、大丈夫だからね、アエル。さあ、城へ帰ろう」

「お姉ちゃんはどうするの?」


 私の身体を包む黒いマントを、アエルの小さな手がキュッと掴んだ。
 心配そうに私を見つめる表情も、抱きしめたくなるくらい可愛い。

 
「大丈夫だよ、アエル。リリィお姉ちゃんも一緒に城へ連れて行くから」


 連れて行くって、や、やっぱり城って、黒の魔王城のことですか!?
 ま、まだ返事、してないですけど……。


「本当? お姉ちゃん、僕嬉しい!」


 ムギュゥッとアエルが私に抱きついてきた。
 うう、可愛い、やっぱり子どもって、すごく可愛い。


「ギョギョギョッッ!? アエル坊ちゃんが人間に懐くなんて!!」


 口封じの魔法が解けたらしいファロスが、さっそく口をはさんできた。


「ヴェルク様!! 人間の協力者がいたら何かと便利かもしれませんぞ!! この娘に運命の女性探しを手伝わせましょう!!」


 ――運命の、女性??


 チラ、と魔王が私の方を見てから、ファロスに向かって話しかける。

 ? なんで今、私の方を見たのかしら?


「ファロス、我は運命の相手にこだわらなくてもよい気がしてきた」

「ギョギョギョーッッ!? 何をおっしゃいますヴェルク様!! 先代も先々代も、その前の歴代の王達も、運命の女性と結ばれたからこそ幸せを手に入れられたのですぞ!!」

「しかし、闇を操る王の宿命と言われてもね。レオンもゾマもそんな制約がなくて、我だけなんて不公平ではないか」


 ゾマ……聞いたことがある、銀の魔王の名前。
 そして、闇を操る魔王の話……黒の魔王の怒りに触れたら世界は闇に覆われて滅亡すると言われている伝説。
 本当の、話なのかしら? もし運命の女性と結ばれれば、魔王は幸せになれて世界を闇で覆いつくす心配も無くなる??


「あの、私……運命の女性を探すの、お手伝いしましょうか? 助けてもらったし、できる事があれば手伝いますよ」


 ファロスの期待に満ちた目と、魔王の戸惑うように僅かに揺れる瞳が同時に私へ向けられた。


「ギョギョギョーッッ! お前いい奴だなッ!!」


 でも、『魔王』の運命の女性、か……。
 魔物を統べる魔王の相手に選ばれてしまうなんて、その女性は災難ですね……。
 いずれ人間の王となる王太子の相手だって、厳しい教育に耐え、心無い人からの圧力を感じ、そのうえ本人同士の気持ちは無視した決められた婚約で王太子から愛されていないという、悲しくて大変な思いをしたのに。

 運命の女性が魔王と結ばれて幸せになれればいいけれど、もしその女性が悲しい思いをしそうなら、なんとしても私が先に見つけてそっと逃がしてあげよう。
 その時はたとえつらくても、世界の滅亡を防ぐために黒の魔王を封じる方法を考えなくては。

 ………………
 ……つらくても?
 どうして私、魔王を封じることがつらいって思ったのかしら?


「リリィ……」


 魔王に声をかけられて、ハッと我に返る。
 どうしてだろう、魔王の顔を見ることができない。
 心に生じた疑問に蓋をして、ファロスに向かって話しかけた。


「運命の女性って、探すのに何か手掛かりはあるのですか?」

「ギョギョギョッッ! よくぞ聞いてくれた! 代々の王から伝え聞くところによると、運命の相手はおよそ3000年に一度時空のはざまへと通じる扉が開く時、たったひとりだけ異世界から転生してくると言われておるぞ!」


 ふむふむ、言い伝えによると運命の女性は、3000年に一度たったひとりだけ異世界から転生してくるらしい、と。
 

 ……ん?
 あ、あれ? 汗は引いたはずなのに、なんだか新しい汗が、こめかみから流れていったような。


 たったひとりだけ異世界から転生……

 ……それ、私やないかー!!


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...