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 ――怖いッ


 今日はもう、酷いことばかり連続して起きて、また何かあるんじゃないかとトラウマになってしまっている。
 反射的に、目を瞑った。
 黒の魔王の手が、私へと伸びてきたから。


 ――ん?


 私の予想に反してそっと頬に触れる肌の感触。
 優しく頬に触れているのは、恐らく魔王の手。
 思いのほか、温かい。
 不思議……なんだか安心する。
 ゆっくりと目を開いたら、この世のものとは思えない美しい顔が目の前にあって、ぶわっと顔が熱くなった。


「泣いて……いたのか?」


 私の頬の涙を指で優しく拭いながら、軽く眉を寄せ、僅かに声を詰まらせる魔王。


「かわいそうに、こんなに涙で濡れて」


 ――もしかして魔王、人間の私のことで心を痛めてくれているの!?


 心配そうに私を見つめる魔王の視線は、またしても私の胸を打ち抜いた。
 どうしよう、魔王は眼力にも魔力があるのかしら、金縛りにあったように、身体が動かない。

 スローモーションのように魔王の美貌が近付いてきて、ハッと気付いた時には目尻のところでチュッと響くリップ音。
 驚く間もなくそのまま、レロ……と柔らかいもので撫でられたかと思うと魔王が私の目を覗き込んできた。


「リリィの涙は、苦いな」


 ――魔王に、な、舐められた!?


 耳から血が噴き出るかと思うほど、身体が火照って熱い。

 涙が苦いのは、きっと恐怖を感じている時の涙だったから。
 涙に限らず体液の状態は、その時の精神状態にも左右される。
 体液に宿る魔力を安定させるため、いつでも心の平安を保てるようにと聖女の修行をしてきたのに。
 恐怖を感じたくらいで涙が苦くなるなんて、私もまだまだ、ということでしょうか。

 今度は魔王がグッと眉を寄せた。
 どこかが痛むのか、つらそうな表情をしている。


「怪我も酷そうだ。リリィ、我に見せてみろ」


 え? 怪我? 
 言われて痛みを思い出す。
 うわ、見せてみろと言われても、胸ですから、あと背中に足ですから、見せたくないですッ。


「大丈夫ですッ! く、く」

「く?」

「くちゅんッ」


 ぶふッと魔王が笑った。
 そんなに、おかしかったでしょうか?

 笑われて、なんだかちょっと悔しい。
 追いかけられて森の中を走り回って、ゴリゴンに襲われそうになり嫌な汗もかいて。
 落ち着いたら汗がひいて、すっかり身体が冷えてしまったのだから仕方ないじゃない。


「リリィは可愛いクシャミをするのだな」


 へ!? 可愛い!?
 可愛いだなんて、生まれて初めて言われた。


「抱きしめて温めてあげたいが、今すぐ抱きしめたりしたら傷が痛むだろう。我のマントを使うといい。纏っていると治癒能力を高めることができる」


 そう言ってマントを外すと、そのまま魔王は私の身体を包むようにフワッとマントをかけてくれた。
 小刀で切り裂かれゴリゴンの爪で引き裂かれてボロボロになった、デセーオ殿下の瞳の色をしたドレスはもう見えない。
 魔王の黒のマントが、私の身体をすっぽりと覆っている。

 そんな私を見て、魔王は満足そうに頷いた。


「これで傷の痛みは和らぐはずだ。魔物が襲ってくることもない。だが怪我は早く治した方がいい。我の体液を注いで応急処置をさせてもらうぞ」


 た、体液!?
 確かに魔王の体液を使って治癒魔法をかけてもらえば、傷の回復は早いと思う。
 でも、それって、さっきハシビロコウのファロスが言っていた……


「や、やっぱり、挿すの、ですか!?」

「挿してほしいのか、リリィ?」


 否定するより先に魔王の握りこぶしが目の前に現れて、驚きのあまりビクッと身体が固まった。

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