上 下
9 / 70

8

しおりを挟む


 む、娘の穴にぶっ挿す、なんて子どもの前で言わないでくださいよ!!

 おそらくファロスという名前で、見た目がハシビロコウの魔物を咎めるように睨みつける。

 ファロスの隣に立つ黒の魔王に目をやると、自分の鼓動を聞かせるような感じで包み込むようにアエルを抱っこして、小さな耳を塞いでいた。



 !! 魔王、が……小さな子どもに聞かせたくないと気にしてくれている……!?



 魔物の最高支配者である魔王は、恐怖の象徴で残虐な存在じゃないの!?
 よく知ろうともしないで、暴虐非道な王だと勝手に思い込んでいたってこと!?

 ……もしかして魔王、優しかったりするのでしょうか。
 
 魔王の姿を実際に見たことがあるのは、少なくともクルーティス王国では国王陛下だけ。
 魔物を金の魔王城の敷地及び魔の森から出さないために、金の魔王と話し合い妥協点を探る交渉を行ってくださる。

 でも国王陛下も顔をご存知なのは金の魔王レオンだけで、ノワール王国を支配している黒の魔王と、セルヴィル王国を支配下におく銀の魔王とは会ったことがないのでは。
 他の2国もそれぞれの国の王が、それぞれの魔王と何かしらの交渉を行っているはず。

 魔物側に提供する食糧の量を決めるのは、特に重要課題。
 少なすぎて魔物が暴動を起こしてもいけないし、多すぎて人間が飢えてもいけない。
 国王陛下の交渉力と、時々迷い込んでくる魔物を防ぐための結界で、クルーティス王国は魔物から守られている。



「ギョーギョッギョッギョッギョッッ! ヴェルク様! 吾輩の著書でもあり貴方様のような童貞のバイブル『初めてでも大丈夫! 雌を閨で野獣にするための100のテクニック♡』略して『はじやじゅ♡』のとおりにすれば大丈夫ですぞ!」

 どッ、童……

 な、なるほど……そうなんですね、魔王さん



 どうやら童貞らしい黒の魔王は、やれやれ、といった感じで小さくため息をついた。

「ファロス、アエルを背中に乗せて飛んで遊んであげて。我がよいと言うまで、戻ってきてはいけないよ」

 魔王の言葉にファロスは目をまん丸くして、翼をぶんぶん羽ばたかせながら叫ぶ。
 こちらの世界のハシビロコウは、よく喋ってよく動くらしい。

「ギョギョーッッ! アエル坊ちゃん、今日は吾輩の羽を抜かないでくださいよ! この前108本抜かれたところ、まだ生えてきてないんですぞ!」

 キャッキャッとはしゃぐアエルを背中に乗せると、ファロスは真っ暗な夜空に向かって羽ばたいていった。



 ビクッと身体が揺れる。

 魔王の足が、こちらへと向かってきたから。


 思わず現実逃避して、あぁ、黒の魔王は眉目秀麗なんだなー、とか、ツノは生えてないんだなー、なんて考えてしまった。


 近付いてくるにつれ、その美しさを見つめているのが恥ずかしくなってきて徐々に視線を下げていく。
 魔王の足が、私のすぐ前で、止まった。
 顔を上げてはいけないような気がして、魔王の黒いブーツの先を見つめる。


 アエルが空を飛んでいる間に、ぶっ挿すつもりなのかな。
 何が書いてあるのか知らないけど、『はじやじゅ♡』に載っているような事をしようと思っているのでしょうか。


 こめかみからタラリと冷たい汗が落ちた。


「其方の、名は?」

 頭の上から声が降ってくる。

 教えても、大丈夫だろうか。
 魔王に名前を知られたら呪われるとか、そういうこと、あったりする?

 黙り込んでいると、質問が変わった。


「なぜ、アエルの事を助けた」


 どうしてそんな事を聞くんだろう?
 顔を上げて、魔王の顔を見る。


「子どもを助けるのに、理由が必要ですか?」


 魔王はほんの少しだけ目を見開いたあと、フッと穏やかな目になって笑った。

 先ほども見せた慈しむような眼差し。なんか、この表情されると、胸の奥の方がくすぐったい。



 私と目線を合わせるためか、目の前で魔王が片膝をついて座った。

 元々の背が高いから、それでも少し見上げる感じにはなるけれど。

 私の顔を覗き込むように、ちょこっとだけ首を傾けている。


「我の名はヴェルク。其方の名を教えてもらってもよいだろうか」

 首を傾げたまま、魔王が柔らかく微笑む。

 こ、この人、魔王なのに天使のような雰囲気で。
 なんか、可愛い。
 見た目は大人っぽいし、口を閉じてまっすぐ立っていれば冷酷な印象だし、絶対に年上だと思う、けど。
 なんでだろう、可愛らしい人。いや、可愛らしい魔王。

「……リリィ」

「リリィ、か。良い名だ」

 魔王がくしゃりと顔をほころばせて笑う。

 その顔を見たら、心臓がきゅぅとなって苦しくなった。
 名前を知られたから、やっぱり呪われてしまったのかしら。

「アエルのこと、助かった。感謝している」

 今度は胸がほわりと温かくなる。
 どうやら魔王は、胸のあたりをじわりじわりと攻撃してくるらしい、油断しないように気をつけないと。

「リリィがいたから、アエルも落ち着いていたのだろう」

 アエルは小さな子どもですもの、迷子になったら泣いていないかとか怪我していないかとか心配になりますよね、お力になれてよかったです。

「もしアエルの魔力が暴走していたら、森が丸ごと吹っ飛んでいたところだ」

 はぅ、そっちの心配ですか!

「本当にありがとう、リリィ」

 フッと細めた目に見つめられて、心臓に矢を刺されたような衝撃が走った。油断していたつもりは無いのに。


 まっすぐな視線だけで人を射抜くなんて、魔王の攻撃力は凄すぎる。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...