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 アルソス様の眉が、微かに動く。

 媚薬が無効化され、身体の調子が落ち着いたのだろう。
 乗っている馬車が止まっておらず、揺れているのに気付いたらしい。

「外を見せてもらっても、いいだろうか?」

 手を使えないアルソス様の代わりに、馬車の窓にかかった布を少し捲る。
 そこから見えるのは、城ではなく街の風景。

「いつの間にか城を出ていたんだな」
「このままアルソス様の国へ向かいます。私の住む迷いの森は国境にありますから」

 私の言葉に、アルソス様は目を見開いた。

「アルソス様の国と森が接したところにある、出会いの泉と呼ばれる場所はご存知でしょうか? そこまで送らせていただきますので、アルソス様はご自分の国へお帰りください」

 即座にアルソス様が首を横へ振った。

「国に迷惑がかかるから俺はヘデドラの元へ戻る。それにローシャを見送った直後に俺がいなくなったりしたら、三日後ローシャが登城した時に問い詰められるだろう? そんな目に遭わせるわけにはいかない」

 ぁぁ、なんて優しくて、強い人だろう。

「わかりました。では二日後、泉の所へ来てください。ユニコーンと一緒に迎えにいくのでヘデドラ王の城へ戻りましょう。ヘデドラ王はアルソス様に、三日間の休暇を与えたでしょう? せめて二日だけでも、ご自分の国で休んでください。私は今日一度戻って城の者に、迷いの森で媚薬の効果を和らげる治療をしているとか言って誤魔化しておきますから」

 なかなか首を縦に振ってくれなかったけれど。
 アルソス様が無事な姿を一目でも見られれば、国の皆様も安心なさるでしょうそれも大切なお役目では、と何度も説得したら渋々承知してくれた。

 ボロボロな服を着替えさせるために、シャツとズボンを買わないと。
 ぁ、そうだ。アルソス様を拘束する縄を切るためのナイフも。

 お金を出して買う物は今まで先代の薬屋店主を通して買っていたので、物を売っている店に入るのは初めて。
 この二か月は店主にお願いしても品物が届かず、迷いの森にあるものだけで過ごしてきた。
 買い方は分かる、書物で読んだことがあるから。

 後ろ手に縛られているアルソス様を店内に連れていくのはかわいそうでできない。
 初めての場所へ行き知らない人と話すのはとても嫌だったけれど、アルソス様を馬車に残し勇気を出して一人で買い物をした。

 国境にある迷いの森の入口に沸く泉で布を濡らしアルソス様に渡す。
 馬車の中でアルソス様が身体を拭き着替えている間、私はユニコーンの毛を梳かしながら出てくるのを待った。

 着替えを終え、綺麗に身なりを整えたアルソス様が馬車から降りてくる。
 その凛々しいお姿を見たら、思わず涙が出そうになってしまった。

「色々と本当にありがとう、ローシャ。では二日後、同じ時刻にこの場所で会おう」
「はい。二日後に、ここで」

 また嘘をついてしまった。

 私はもう、家に帰ったら迷いの森から出るつもりは無い。
 幸いにして、生きていくことができる分の野菜や果物や木の実は、家の周りにある。
 魚だって自分で釣れるし。

「さようなら、アルソス様」

 ――貴方とお会いできて、よかったです。
 もう二度と、お目にかかる事は無いけれど。

 アルソス様と別れたあと、私はもう一度街へ戻り頼まれていた媚薬を薬屋へ届けてから迷いの森の家に帰った。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 

 【おしらせ】
 次回はヘデドラ王視点となります。その次の回は再びローシャ視点です。





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