上 下
7 / 12

7

しおりを挟む


 城からの帰りに馴染みの薬屋へ寄った。
 生前、母が薬を納めていた薬屋。

 母が薬屋へ行く時は、私もいつも一緒についていってた。
 今は私が作った薬をひとりで納品している。

 カラコロン、と響くドアベルの心地よい音。
 この音だけは変わってなくてホッとする。

 でも……変わってしまった。
 母と私を外界から守ってくれていた先代の店主は、もういないから。

 馴染みの薬屋だけど、今の店主の事はほとんど知らない。
 今の店主の事で知っているのは、お喋り好きな男性だという事と、あらゆる薬を作れる私の存在をひと月前に国王へ伝えたという事だけ。

 特殊な素材を使ってどんな病気や怪我にもよく効く薬を作れる母と私。
 薬の作り手が誰か世間へ知られて悪用される事が無いように、先代は隠してくれていたのに。

 ひと月前に私がこの薬屋を訪れた時、突然ヘデドラ王が現れて。
 「王が直々に来てやったんだ、ありがたく思え」
 と言い、王が望む薬を城へ直接届けるよう命じた。

 お断りします、と答えるとヘデドラ王が手にしていたステッキが振り上げられて。

 打たれる、と思い目をギュッと瞑ったけれどステッキは降ってこない。
 瞼を開けたら後ろ手に縛られた男性が盾になってくれていた。

 邪魔されたことに腹を立てたヘデドラ王に、男性がステッキで打たれ始める。
 その男性が、奴隷の騎士様。
 初めて会った私のことを庇ってくれた。
 あの時も、ヘデドラ王のそばに立たされていたんだろう。

 私は自分の代わりに他の人が打たれているのが耐えられず。
 王の要求を吞み、三日に一度城へ薬を届けることにした。

 ぁ、あともうひとつ、今の店主の事で知っている事がある。

 ふた月前に店主となった時から、私に薬代を払っていないという事。
 今は持ち合わせがないから次回払う、と言われ続けて今日に至る。

「こちら、今日の分の薬です。お代をいただけますか」

 店主の前にあるカウンターへ薬を置く。

「あぁ、お代なんだけど、今たまたま持ち合わせが無くて。次回払うよ。ところで今回はどんな薬を王様から頼まれたんだい?」

 お金の事から話をすり替えられてしまった。

「……媚薬……です。男性用の……」
「へぇ、媚薬? それ俺にも同じものを作ってくれよ」

 先代の店主なら、こんなこと絶対に言わなかったなぁ……

 人と人とを比べてはいけないけれど。

「申し訳ありませんがお断りいたします。一晩で十人くらいの女性を相手にしても萎えないような強い薬をお求めでしたし、希少な素材を使うので一度に少ししかできません」
「俺が一回飲む分くらいできるんじゃないの? こことの付き合いが無くなったらおたくも困るだろう?」
「…………一回飲む分くらいなら……」
「そうそう、そうやって最初から言われた通りにしていればいいんだよ」

 それじゃぁまた三日後に、とドアの外へ追い出されてしまった。

 先代の店主は、とても穏やかな人柄の男性。
 母と三人で話していると、それだけで幸せな気持ちになれた。

 もしかして私の父親なんじゃないかと思ったこともある。
 でも訊ねてはいけないような空気があったので、聞いたことは無い。

 だけど、確かめておけばよかった。
 もう、二度と聞けない。
 ふたりとも、今はこの世にいないから。

 ふた月前、薬屋を出て馬車に乗ろうとしていた時。
 当時はまだ店主では無かった今の店主に話しかけられて。
 母だけが薬屋の建物の中へと戻っていった。

 その直後、母が倒れたと報告を受ける。
 慌てて薬屋の中へ入った時には、もう息をしていなかった母。

 亡くなってしまった人には、どんな薬も効かない。

 調査の結果、母の死因は不明と言われた。

 先代の店主が生きていてくれれば、もっと調べるように働きかけてもらう事ができたのかもしれない。

 でも偶然にも母と同じタイミングで、先代の店主も突然倒れ亡くなっていて。

 頼れる人が誰もいない私には、どうすることもできなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。 不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。 当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。 多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。 しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。 その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。 私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。 それは、先祖が密かに残していた遺産である。 驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。 そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。 それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。 彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。 しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。 「今更、掌を返しても遅い」 それが、私の素直な気持ちだった。 ※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)

処理中です...