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しおりを挟む城からの帰りに馴染みの薬屋へ寄った。
生前、母が薬を納めていた薬屋。
母が薬屋へ行く時は、私もいつも一緒についていってた。
今は私が作った薬をひとりで納品している。
カラコロン、と響くドアベルの心地よい音。
この音だけは変わってなくてホッとする。
でも……変わってしまった。
母と私を外界から守ってくれていた先代の店主は、もういないから。
馴染みの薬屋だけど、今の店主の事はほとんど知らない。
今の店主の事で知っているのは、お喋り好きな男性だという事と、あらゆる薬を作れる私の存在をひと月前に国王へ伝えたという事だけ。
特殊な素材を使ってどんな病気や怪我にもよく効く薬を作れる母と私。
薬の作り手が誰か世間へ知られて悪用される事が無いように、先代は隠してくれていたのに。
ひと月前に私がこの薬屋を訪れた時、突然ヘデドラ王が現れて。
「王が直々に来てやったんだ、ありがたく思え」
と言い、王が望む薬を城へ直接届けるよう命じた。
お断りします、と答えるとヘデドラ王が手にしていたステッキが振り上げられて。
打たれる、と思い目をギュッと瞑ったけれどステッキは降ってこない。
瞼を開けたら後ろ手に縛られた男性が盾になってくれていた。
邪魔されたことに腹を立てたヘデドラ王に、男性がステッキで打たれ始める。
その男性が、奴隷の騎士様。
初めて会った私のことを庇ってくれた。
あの時も、ヘデドラ王のそばに立たされていたんだろう。
私は自分の代わりに他の人が打たれているのが耐えられず。
王の要求を吞み、三日に一度城へ薬を届けることにした。
ぁ、あともうひとつ、今の店主の事で知っている事がある。
ふた月前に店主となった時から、私に薬代を払っていないという事。
今は持ち合わせがないから次回払う、と言われ続けて今日に至る。
「こちら、今日の分の薬です。お代をいただけますか」
店主の前にあるカウンターへ薬を置く。
「あぁ、お代なんだけど、今たまたま持ち合わせが無くて。次回払うよ。ところで今回はどんな薬を王様から頼まれたんだい?」
お金の事から話をすり替えられてしまった。
「……媚薬……です。男性用の……」
「へぇ、媚薬? それ俺にも同じものを作ってくれよ」
先代の店主なら、こんなこと絶対に言わなかったなぁ……
人と人とを比べてはいけないけれど。
「申し訳ありませんがお断りいたします。一晩で十人くらいの女性を相手にしても萎えないような強い薬をお求めでしたし、希少な素材を使うので一度に少ししかできません」
「俺が一回飲む分くらいできるんじゃないの? こことの付き合いが無くなったらおたくも困るだろう?」
「…………一回飲む分くらいなら……」
「そうそう、そうやって最初から言われた通りにしていればいいんだよ」
それじゃぁまた三日後に、とドアの外へ追い出されてしまった。
先代の店主は、とても穏やかな人柄の男性。
母と三人で話していると、それだけで幸せな気持ちになれた。
もしかして私の父親なんじゃないかと思ったこともある。
でも訊ねてはいけないような空気があったので、聞いたことは無い。
だけど、確かめておけばよかった。
もう、二度と聞けない。
ふたりとも、今はこの世にいないから。
ふた月前、薬屋を出て馬車に乗ろうとしていた時。
当時はまだ店主では無かった今の店主に話しかけられて。
母だけが薬屋の建物の中へと戻っていった。
その直後、母が倒れたと報告を受ける。
慌てて薬屋の中へ入った時には、もう息をしていなかった母。
亡くなってしまった人には、どんな薬も効かない。
調査の結果、母の死因は不明と言われた。
先代の店主が生きていてくれれば、もっと調べるように働きかけてもらう事ができたのかもしれない。
でも偶然にも母と同じタイミングで、先代の店主も突然倒れ亡くなっていて。
頼れる人が誰もいない私には、どうすることもできなかった。
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