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【本編最終話】裸のエプロン※今後は不定期でその後の話などが続きます
しおりを挟む扉の前で、ふぅ、と息を吐いた。
「花、緊張してる?」
心配そうに創一郎さんが顔を覗き込んでくる。
「は、はい。創一郎さんのお父様にお会いするのは初めてなので」
「会社での顔合わせになっちゃってごめんな。普段あちこち飛び回っててスケジュールが空かない人だから」
創一郎さんの副社長室と同じフロア、でも今まで行ったことのない一番奥の部屋。
鍵が解除され、創一郎さんに続いて一礼してから部屋へ入る。
部屋の中にいたのは、あと20年もしたら創一郎さんもこんな風に渋い雰囲気が素敵な男性になるのかな、と思わせるような人だった。
「父さん、こちら結婚を前提にお付き合いしている、宮ノ内花さん」
け、結婚を前提って言っちゃっていいんですか!? と今更ながらびっくりしつつ慌てて頭を下げる。
ゆっくりと顔を上げると、創一郎さんのお父様は私たちの方をみて柔らかく微笑んでいた。
目尻を下げて微笑む表情はお爺様とも創一郎さんともよく似ている。
「妹から話を聞いて、いつになったら会えるかと楽しみにしていたよ。初めまして、花さん……いや、初めまして、ではないな。以前勇太と一緒に創一郎の部屋の前で座っているところを見かけたっけ」
お父様はククッと何かを思い出したように笑う。
「どうして廊下に椅子を出して座っていたんだ、と後で勇太に聞いたら、創一郎の意外な一面を教えてもらえたよ」
創一郎さんが苦虫を嚙み潰したような顔をしているのは気のせいだろうか。
「さて、花さん」
「は、はい」
お父様が私の方を見つめる。
向けられた目の力が強くて、背筋がピンと伸びた。
「きみは、創一郎のどこが気に入ったんだい?きみが好きなのは、金か? 地位か?」
「な!? 父さん!!」
片方だけ口角を上げて聞いてきたお父様を、非難するような視線で創一郎さんが睨む。
「そうですね、お金も副社長という立場も、創一郎さんの責任感や誠実さを培うために必要だったかもしれないので、大切だと思います。でも、創一郎さんの好きなところは、格好悪くて甘えん坊なところです」
「な!? 花!?」
目を見開いて、なんだか慌てた様子の創一郎さん。
お父様はハッハッハッと楽しそうに笑っていた。
その時、部屋への来訪者を告げるチャイムが鳴る。
お父様がカギを解除すると、ドアの外にいたのは勇太君だった。
「伯父さん、話し中にごめんね。創一郎君、ちょっと確認してほしいことがあるんだけど、来られる?」
社長に向かってそんな話し方でいいのだろうかとちょっと心配になったけれど、勇太君の事だからおそらく公の場ではきちんと切り替えているに違いない。
「勇太が来るということは急ぎの案件だろう。創一郎、行ってきなさい、私は花さんとここで待っているから」
「え、でも……」
創一郎さんは不安そうな視線を私に送ってくる。
お父様の前で私が何か粗相をしないか心配しているのだろうか。
「心配しなくても、ドアは開けっ放しで行って構わないよ。父親とはいえ、独り身の男と花さんを二人きりにするのは不安だろう?」
え、創一郎さんが心配してるのって、そんなこと?
創一郎さんはバツの悪そうな顔をして、でもちょっと安心したようで勇太君と部屋を出て行った。
ドアは開いたままとはいえ、部屋の中にお父様とふたり。何を話せばよいのだろうか。
聞かれるままに、保育所の仕事のことやランチでよく利用するお店のことなどを話す。
お父様は社内社外を問わず会話のやり取りに慣れているせいだろう、私の話に対して真摯に耳を傾けつつ上手に話を引き出して受けとめてくれるから、いつのまにか緊張もすっかりほぐれていく。
思い切って、疑問に思っていた事を聞いてみる。
「反対なさらないのですか?」
「ん? どうして?」
反対に聞き返されてしまった。
「私が創一郎さんと結婚しても、何のお役にも立てません。副社長夫人として、会社の発展につながるようなこともできません」
フッとお父様が笑う。
「創一郎のそばにいてくれるだけでいい。役に立ってもらおうなんて、考えてないよ。ましてや会社のためになんて」
「でも、私なんかが創一郎さんと結婚して本当にいいんでしょうか」
「私は、創一郎の直感を信じている」
お父様が穏やかに微笑む。
目尻を下げて微笑む姿は、やっぱり創一郎さんとよく似ている。
「花さんだから、いいんだよ。創一郎には花さんでなきゃ、ダメなんだ」
「俺のセリフ、取らないで」
いつの間にか戻ってきていた創一郎さんが、ちょっとだけふてくされた表情でそう言った。
「今回は、何でしょうね」
リビングのソファで、モニターの商品の箱を抱えて私が座るのは、創一郎さんの膝の上。
創一郎さんは私の頭を撫でながら、時々ちゅ、ちゅ、とおでこや頬に口づけを落とす。
実は、かなりドキドキしている。
海外旅行から帰って以来、もしかしたら今夜が2回目の日になるのかなぁ、なんて思っているから。
海外旅行にしては短い休みだったけれど、それでも急な調整で仕事のスケジュールには影響がでてしまったようで、創一郎さんとスージーさんと勇太君は私を家へ送るとその足ですぐに仕事へ向かってしまった。
その後の数日間はほとんど創一郎さんに会えずに過ごす。
創一郎さんが少しだけ早く帰れるようになった日には、私に月に一度のお客様がやってきた。
一緒のベッドで眠っても、創一郎さんは私の腰をさするだけ。
手の温もりが心地よくて、生理の不快感も忘れて朝までぐっすりと寝てしまう日が続く。
あ、一度だけ夜中に目が覚めたことがあったっけ。
トイレに行った帰り、バスルームからシャワーの音に紛れて名前を呼ばれたような気がしたのでドアの外から声をかけると、創一郎さんはすごく慌てていた。
もしかして、怖い夢でも見て寝汗をシャワーで流しているところだったのかな。
それなら突然声がしたら、驚くのも分かる。創一郎さん、怖がりだって言っていたし。
そして今朝、生理が終わった。
だからなんだか、こうしているとソワソワして、お腹の奥がちょっとだけむずむずしてしまう。
創一郎さんに気付かれたくないような、気付いてほしいような、矛盾した感情が湧いてくる。
「エプロン? でしょうか?」
箱の中に入っていた封筒をよけて、商品を広げてみる。
胸のところがハート型になっていて、私が普段使うエプロンよりも遥かにレースとリボンが多いけれど、それはどう見てもエプロンだった。
「今回は、説明書が無いんですね」
いつも入っているフランス語の紙が無い。
代わりのように同封されていた封筒を開け、中に入っていた便箋を開き、創一郎さんと一緒に黙読する。
『創一郎が喜ぶから、素肌に直接エプロン1枚だけで着てね』
自分の姿を想像してみる。
裸にエプロン1枚だけなんて、なんだか滑稽だ。
そんなの、本当に創一郎さんが喜ぶのかなぁ……
「……花の……裸……エプ……ッ!」
「ひぁ!?」
ググッと何かにお尻のあたりを押される。
この感じ……は、おそらく、創一郎さんの、男性、の……
ぽすッと私の肩に顔をうずめる創一郎さん。
ここから見える彼の耳は、真っ赤。
「ごめんなさい……」
……今夜、エプロン着てみようかなぁ、なんて思ってしまった。
【本編 了】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【あとがき】
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
感想をくださった方、お気に入りやしおりの登録をしてくださった方、読んでくださった方、すべての皆様に感謝申し上げます。
今後は創一郎と花のその後のお話などを不定期で更新していく予定です。
もしよろしければ、またお立ち寄りください。
次回は異世界のノーチェ作品を、そちらが一段落したらまたエタニティで投稿したいと思っています。
ノーチェの方もお目通しいただければ幸いです。
また今度、小説を通してお会いできるのを楽しみにしております。
時節柄、皆様もどうぞご自愛ください。
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