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花のアルバイト

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「創一郎さん、求人情報見るなら、どのサイトがいいでしょうか?」

 ソファに座った創一郎さんの膝の上で彼に髪を撫でられつつ、スマホを操作しながら尋ねる。

「んー、信用できるサイトを探すコツはあるけど……何かに必要?」
「私、アルバイトをしようと思って」

 ピタッと髪を撫でる手が止まった。

「な、んで? お金貯めてここを出ていこうと思ってるとか?」
「あ、早めに出ていった方がいいですか?」
「いや、ゆっくりでいい。家を出るなんて、安全面の心配もあるしちゃんと考えないと。もしその時は、絶対に相談して。黙って出て行かないで」

 確かに、創一郎さんなら一人暮らしに必要なセキュリティの事とか一緒に考えてくれそう。
 「絶対に相談します」と言ったら、彼は安心したように微笑んだ。

「それで、どうしてアルバイトしたいの?」
「自分の生活費を少しでも創一郎さんに払いたいし、短時間ならハナコも大丈夫だと思うので」

 生活費なんてそんな事、気にしなくていいのに……と、創一郎さんはぶつぶつ言っている。

「カフェの店員さんなんて、できたらいいなって思ってるんですけど……」
「カフェはサラリーマンもけっこう利用するからやめた方がいい。花はすぐに声かけられちゃうよ」

 そっか……。声かけられて、変な壺でも買わされたりしたら、創一郎さんに迷惑かけちゃうな。
 私、世間知らずかもしれないから危ないかも。カフェは、やめよう。

「それなら私、学生の頃はけっこう勉強がんばっていたので、塾講師とかどうですかね?」
「うーん、塾は終わるのが遅いから、帰りが危ないな。俺が毎回迎えに行ければいいけど、仕事で行けないかもしれないし」

 アルバイト先に、お迎え……必要か、な?
 ちょっと、過保護な気がするけど……。

「あ、私、大学の時には家庭教師のアルバイトしてたので、それなら大丈夫ですよね?」
「家庭教師先に男の兄弟とかいて身体触られたりしたらどうするの? 家は密室だよ。危険だからダメ」

 うーん、やっぱり過保護で心配性。
 創一郎さん、私のこと、どれだけ子ども扱いするんですか。

「むぅ、なんだか創一郎さん、高校生の娘の初めてのアルバイトに反対するお父さんみたいですよ」

 創一郎さんにとっては痛い指摘だったのか、お父さん……と言って黙り込んでしまった。

「もう、創一郎さんには相談しません」

 あ、創一郎さんが、なんだか捨てられた子犬みたいな雰囲気に……。
 寂しがっているような、ふてくされているような、そんな子どもっぽい意外な一面も可愛くて、好き。

 渋々、という感じで、創一郎さんが口を開いた。

「それなら……引っかかる点はあるけど、紹介できる仕事が……ある」
「どんな仕事ですか? それに引っかかる点って?」

 創一郎さんが紹介してくれる仕事って何だろう? 引っかかる点って、何か、難しい事なのかも。

「仕事は、うちの社内保育所での保育補助。資格がなくてもできる。引っかかる点は、その保育所部門の責任者かな」
「気難しい方なんですか?」
「いや、全然。今は俺の秘書もやってる。フランスにいた頃に企業主導の少子化対策プロジェクトで企業内保育所の担当をしていた関係で、日本でも秘書業務の他にその担当を任されてる。いい奴だし、仕事もできる」

 あ、なんだか聞き覚えのある単語が。その秘書さんが、モニターの商品送ってきてくれてる人かな?
 でも、いい人で、仕事もできるって……。

「いったい何が、引っかかるんですか?」
「……女にモテすぎる。本人にはその気がなくても、若い保育士同士で勝手に揉めて先日退職者がでた。今度雇うなら男性にしようと考えていたところだ」

 イケメンでモテるであろう創一郎さんの口から、モテすぎる男の人の話が出るとは思わなかった。
 どんだけモテる人なんでしょう、その方。

 それにしても、保育所……か。病院の小児科を思い出す。ボランティアでよく訪問していたなぁ。子どもは怪我も病気も個性も大変なことが多いけど、それでもやっぱり可愛い。

「短時間だと、朝7時半からの4時間、可能なら週5日入ってもらえるとって感じだったと思う。それなら朝、俺と一緒に通勤できる時間だ。もし予定が合えば、お昼も一緒に食べよう」

 創一郎さんと、一緒に通勤! 一緒にいられる時間が増える!

「創一郎さん、私、やりたいです」

 創一郎さんはローテーブルに置いてあったスマホを取ると、誰かに電話をかけた。

「勇太か……ああ、そうだ。悪いな休みの日に」

 手短に私のことを紹介して、仕事の概要を確認する。シフトは創一郎さんが言っていたとおりみたい。
 スマホから顔をあげた創一郎さんに、月曜日の午後4時は空いているか、と聞かれたので頷いた。
 面接の日程を調整しているらしい。

「ああ、わかった。……いや、彼女の連絡先は教えられない。何かあったら俺をとおせ。それじゃ、月曜日に」

 スマホを置いて、私の方を見る。

「花、急で悪いけど明後日が面接。明日は履歴書とパスポート用の写真を撮りに行こう。あ、あと昨日ペアの湯呑を買い忘れたから、それも買おう」

 創一郎さんに、パスポートは前々から持っておくように言われていて、あと申請に必要なのは写真だけ。
 でも私、パスポート使う機会あるかなぁ。


 土曜日はそのままのんびり過ごして、一緒にコンビニへ行って履歴書の用紙を買い、スーパーへ買い物に行き料理をした。
 夕食のメニューは、ふたりともしばらく食べてないという理由で、季節外れの鍋。

 夕食後、履歴書を書く。携帯電話の番号は書かなくていいと創一郎さんが言うので、電話番号はこの家の固定電話のだけを書いた。

 夜寝る前に、創一郎さんの足裏マッサージをして、香水して、蕩けるようなキスをして、ふわりと創一郎さんに包まれて眠る。

 次の日の朝、目が覚めると隣にいる創一郎さんに髪を撫でられていて恥ずかしかった。

 ね、寝顔、変じゃなかった……かな。

 顔が熱くなるのを感じていると、創一郎さんが「おはよう」と微笑んで頬と唇にキスをする。
 あれ? 今はグロスしてないけど……。香りが残っているかの、確認とか?

 日曜日は予定通り、ペアの湯呑を買って、履歴書とパスポート用の写真を撮った。
 スピード写真かと思ったら、ちゃんとした写真館に連れて行かれるなんて。

 しかも、せっかくだから、とふたりの記念写真まで撮った。
 もしかしてこのために、さっきワンピースを買ってヘアメイクまで連れて行ってくれたんですか。
 創一郎さんは「一緒に住み始めた記念の写真だ」と言って嬉しそう。

 そして、夜。
 やっぱり創一郎さんの足裏マッサージをして、香水して、蕩けるようなキスをして、ふわりと創一郎さんに包まれて眠った。

 でも回数を増すごとに、キスが濃厚になってきている気がするけど……気のせいかな?
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