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ふたりの写真

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「こんなに早く桜が咲くなんて、珍しいね」
 私から少し離れた所でスマホを操作しながら、相澤さんが言った。
 そう言われて、私は顔を上げて桜を見上げる。
 本当に、今年は例年になく桜の満開が早い。

「それじゃ、こっち向いて」
 声をかけられて、相澤さんのいる方を向く。
 「撮るよー」と言って、相澤さんの指がスマホに触れた。

「何枚か撮るね」
 カシャ、カシャ、とスマホから小さなシャッター音が聞こえる。
 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ…………
 ……あのぅ、いったい何枚撮るのでしょう?

 せっかく撮ってくれているのに、こちらから終わりにするのも何だか悪い気がする。
 かと言ってずっと同じ姿勢でいるのも少し手持ち無沙汰になってしまって、ちょっと腕を持ち上げて着物の袖を眺めた。
 施された桜の刺繍は本当に見事で、袖が風で揺れるとまるで本物の花のように煌めきながらゆらゆらと舞う。
 あぁ、すごく綺麗……。

「花さん、その着物、好きですか?」
 私に向けたスマホから少し顔を出して、相澤さんが聞いてきた。
 相澤のお爺様が、私のために用意してくれた大切な着物。
 鮮やかな赤い生地に丁寧に施された桜の刺繍は見事なうえに可愛くて。

 だから、自信を持って答えられる。彼の目をまっすぐ見つめた。
「好きです」
 その瞬間、犬がお座りをするように相澤さんがしゃがみこむ。
 スマホを持つ手だけが、こちらに向けられていた。

「相澤さん、大丈夫ですか」
 具合でも悪くなったのかと心配になって、慌てて駆け寄る。
 なんだか、顔が赤い。もしかしたら熱があるのかも。
「大丈夫……です」
 相澤さんはそう言うと、顔を膝の上に突っ伏して「動画にしておけば良かった……」と蚊の鳴くような声で呟いた。

 本当に、大丈夫かなぁ……。
 相澤さんの隣にしゃがみこんで、顔を覗き込んでみる。
 ちょっぴり顔を上げた相澤さんがチラリとこちらを見て「一緒に、写真撮ってもいいですか?」と聞いてきた。

 体調は大丈夫だから、と相澤さんが言い張るので、心配しつつ桜の木の下に二人で並ぶ。
 男の人と自撮りなんて初めてで、少し顔が強張ってしまう。
 カシャ、と1枚撮ったところで「これだと桜が写らないね……」と画面を眺める相澤さんの独り言。

「ちょっと待ってて」
 そう言い残して、相澤さんが庭の隅の建物に向かって走る。
 しばらくすると、大きな脚立を担いで戻ってきた。
 そういえば、さっきも木に登っていたけれど、スーツが汚れるのとか気にならないのだろうか。

「片付けてる時に見つけたんだ」
 脚立を広げた相澤さんは、身軽に梯子を登って一番上で立つと、右足で脚立をガタガタと揺らした。
「うん、少し古いけど、大丈夫そうだな」
 トントントンと軽やかに下りてくる。

「先に登って」
 そう言われて私が脚立の前に立つと、「うしろから、ごめん」と声がした。
 背後からまわされた相澤さんの右手が、私のお腹の下あたりの袴を摘まみ、足元の裾を少し持ち上げる。
 同時に空いている方の左手で、私の左手をエスコートするように握った。
 なんだか小学校の時に運動会で踊ったオクラホマミキサーを思い出す。

「ゆっくりで、大丈夫だから」
 相澤さんはまるで初めて滑り台の階段を上る子どもに付き添う親のように、心配そうに気を配る。
 私の身体が少しでもふらつくと、お腹にまわした右手と、私の手を握る左手にぐっと力が入った。

「ここに座ればいいですか」
 残りあと2段の所で、天板を指差して相澤さんに聞いた。

「待って、袴が汚れちゃうから、座っちゃダメだよ」
 私を支えながら身体を入れ替えるように、相澤さんが先に天板に座る。
 そしてヒョイと私の身体を持ち上げて、ぽすんと自分の膝の上に座らせた。

 ひぇ、恋人同士でもないのにこの姿勢? それとも写真撮る時みんな気軽にするもの? 知識が無いから分からない。
 ああ、もっと異性の話を友達から聞いておけばよかった。
 ……しかもこれじゃ私は良くても、相澤さんのスーツが汚れちゃいますが。

 さっきからドッドッドッドッと心臓の音がうるさい。
 背中に、相澤さんの体温。
 後ろから抱きかかえるように、お腹にまわされている彼の両手。

 本当に、相澤さんは何をするにも距離が近くて困る。
 困る……けど、嫌、じゃない。
 まわされる彼の手にドキドキして、緊張して困るから離れたい。
 でも、彼の腕に包まれていると安心する、ずっとこのままでいたい。
 正反対の感情なのに同時に感じるのはどうしてだろう。

「相澤さん、近い、です」
「こうして近くにいれば、もし落ちても花さんを守れるから、ここにいて」
 本当にここから落ちたら、相澤さんはきっと身を挺して私を庇っちゃうだろう。
 スーツの事といい、自分の事には無頓着そうだから。

「花さん、上着の内ポケットから、スマホ出せる?」
 そう言われて横を見たら相澤さんの顔がすごく近くて、心臓がビクッと飛び出すかと思った。
 かわいいワンコみたいな行動の数々でうっかりしていたけれど、相澤さんは黙っていれば誰もがハッと息を呑むような眉目秀麗な顔の持ち主。
 その顔を目の前で見てしまって、黒豹のような精悍な美しさに圧倒される。

 耳が熱くなるのを感じながら彼のスーツの内ポケットに手を伸ばし、スマホを引き抜く。
 彼に言われるがままスマホの画面を操って、二人の写真を撮った。

 撮った写真を見たくて、彼の言うとおりに操作したつもりだったけれど、なぜか上手く画面が現れない。
 スマホなんて久しぶりに触ったし、機種もどんどん新しくなるからお手上げだ。

 彼は小さく笑って私の身体から右手を離す。
 その拍子に、おでこにフッと彼の口元が触れたような気がした。
 
 相澤さんが右手をスマホ画面に伸ばす。
 離した右手の代わりにと言わんばかりに、彼の左腕がぐっと私の腰を引き寄せた。
 スッスッスと画面を触って、先ほど写した写真の画面を見せてくれる。
 
 スマホ画面の中の、桜と赤い着物のコントラストが美しい。
 私の隣で、穏やかに微笑む相澤さん。
 あ、私って、こんなに嬉しそうに笑うんだ。
 
 自分には、残らないと思っていた、記念写真。
 小学校の入学式の日と同じ桜の木を背景に、大切な思い出。
 いつも失うことばかりで、写真が欲しいという小さな希望さえ、私には叶うことがないと思っていた、のに。

 うん、すごく、すごく、嬉しい。
 胸の中が、ほわあと温かくなった。
 嬉しくて嬉しくて、口元が自然と緩んでしまう。
 顔の緩みを止めたくて、右手を頬に当てた。
 手が冷たく感じられる。頬が温かいのかな、いま私ほっぺた赤いのかも。

 ………………………………………………
 ……………………………………うん?

 何かが、私の太腿に当たっています。
 それは硬くて、んん? ちょっとぐぐっと押されました。

 ………………………………………………
 ……もしかして、これって……?

 ポスッと何かが肩にもたれかかった。
「……ごめんなさい」
 声のする方に顔を向けると、見えるのは相澤さんの頭。
 ……たぶん、そうですよね。今私の足に当たっているのは、相澤さんの大きくなった男性……の。

「えぇと……、外でこんな風になったことなんて無いのに、ごめん……花さんが、可愛くて」
 うわ、相澤さん耳が真っ赤。
「恥ずかしすぎる……」
 顔を伏せたまま、小さな声で彼が呟いた。

 背が高くて、知的な風貌、紳士的で黙っていれば大人っぽい人なのに、羞恥心にまみれて耳まで真っ赤になってる。
 胸がきゅぅぅんとなった。
 なんでしょう、この可愛い生き物は。
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