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しおりを挟む下の階まで茶器を片付けに行っていたアカリ様が、慌てた様子で戻ってきた。
「ヴェレッドお姉様、火事です! どうしましょう!!」
アカリ様が聞いた話によると暴動が発生し王宮の一階部分で火の手が上がり、その火は四階にあるマッジョルド殿下の居室へ向かって瞬く間に燃え上っていったという。
驚いたけれど、どうしようどうしよう、とパニックになっているアカリ様を見ていたら少し冷静になれた。
「アカリ様、避難場所は聞いてる?」
「ぇっと、ぇぇと……噴水広場、です!」
噴水広場……マッジョルド殿下から婚約の証としてティアラを賜った時に貴族たちを集めた場所だわ。
王宮のすぐ横、バルコニーから見下ろせる位置にある広場。
アカリ様を促して、一緒に建物の外へと避難する。
ピンク色の聖剣がふわりふわりと浮きながら私たちについてきているのを、時々うしろを振り返って確認しながら。
私のために用意されていた部屋はマッジョルド殿下の居室から遠い場所で、噴水広場に面したバルコニー側。
だから火事の知らせを受けてからでも、特に危険な目に遭うことなく避難場所となっている噴水広場まで行く事ができた。
城内から避難してきた人々と武器を手にした民衆たちで噴水広場はごった返している。
周囲の声や様子から判断すると、どうやら第二王子への反発から一部の民衆が決起してこの火事を起こしたらしい。
アカリ様とふたりで立ち止まっていたら見知った顔の騎士から声をかけられた。
彼は確かメルヴェイユ王立騎士団の副団長。
城内から全員が避難しているか確認しているのだという。
意外な事に、暴動を起こした民衆を騎士たちが鎮圧する様子は無かった。
もしかしたら騎士たちの中にも、第二王子へ不満を持ち民衆の味方をしている者が多いのかも。
そして民衆側も、第二王子以外の者に危害を加えるつもりは無いらしい。
「クリフ様、いませんねぇ……」
アカリ様のつぶやきに、思わず首をかしげてしまった。
「ここは王宮よ。さすがにクリフはいないわ」
クリフがいるとしたら、商売の関係でおそらく市中だと思う。
「さっき城の中で会って……火事だと教えてくれたのは、クリフ様だったんですよ」
「ぇ……?」
「火事の事をヴェレッドお姉様へすぐ伝えるようにって」
私がメルヴェイユ王国の城にいること、クリフはどこかで聞いたのかしら。
メルヴェイユ国民の間で私がマッジョルド殿下の婚約者だと噂されているのを聞いたの……?
「……アカリ様と話したあと、クリフはすぐに避難したのかしら?」
「皆が避難したかどうか城内を確認してくると言ってましたねぇ」
「城内を……」
嫌な予感がして、先ほど声をかけてくれた副団長を探して声をかける。
まだ城から避難できていない人がいるかどうか。
無事が確認できていないのは三名だという。
城内にいたはずなのに所在が不明な第一王子のクルーフォス殿下と第二王子のマッジョルド殿下。
そして王室への献上品を届けに来ていた商人が一名、とのこと。
――なぜ国にとって重要人物である王子ふたりが避難できていないの?
この火事は民衆による暴動というだけではなく、手引きした者が城内にいるのかもしれない。
それに……
「王室へ献上品を届けに来ていた商人って、もしかして瓶の底みたいな特殊な眼鏡をかけている人……?」
そうだと言う副団長の回答に、血の気が引き足が震えた。
王宮へと視線を向ける。
私たちが避難してきた時よりも、建物を襲う炎はさらに大きくなっていた。
「クリフはあの火の中に、いるの?」
「そうかもしれませんね。クリフ様、大丈夫でしょうか……ぁッ、ヴェレッドお姉様っ!?」
――クリフを、助けに行かなきゃ!
気付いたら燃え盛る城へ向かって走りだしていた。
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