53 / 65
52
しおりを挟む陛下に呼び出された。
広くて陛下との距離が遠い謁見の間ではなく、王宮内にある応接間に。
もちろんソムニウム公爵家の応接間に比べたらだいぶ広いけれど。
壇上に陛下がいらっしゃる謁見の間と違って、お互いの距離はかなり近い。
陛下の隣には、モフィラクト王太子殿下が座っている。
人払いをしているのか、室内には陛下と殿下、父と私の四人だけ。
陛下たちと向かい合う形で配置されているソファに、父と並んで座るようすすめられた。
王太子殿下の婚約者ではあるけれど、こんなに少人数の席で陛下と話をさせていただく機会なんて、私には今まで無い。
――よほど大事な話になるのかも……。
その予感が当たるのを、私はすぐ知る事になる。
陛下が開口一番に、モフィラクト王太子殿下と私の婚約を解消する旨を告げた。
内心かなり驚きつつも、チラ、と目線だけを動かす。
殿下にもお父様にも、動揺した様子は見られない。
――婚約解消の話、ふたりとも先に陛下から聞いていたのかしら。
発言を許されたので婚約解消の理由を尋ねた。
威厳のある陛下の声が室内に響く。
――若干お声に憤りが感じられるのは、気のせい?
「メルヴェイユ王国の第二王子から内密に書状が届いた。戦争をしかけてほしくなければモフィラクトの婚約者をさしだせ、妻として迎えると」
戦争が起きれば、国民に必ず犠牲が出る。
陛下としては脅迫のように勝手なこの申し出を受け入れたくなんてなかったと思う。
でも多くの犠牲が生じる事に比べたら、公爵令嬢ひとりを引き渡す方がずっといいと判断なさったに違いない。
だけど……どうして私が名指しされたのかしら。
メルヴェイユ王国の第二王子のマッジョルド殿下とは十日ほど前の誕生パーティーで隣国を訪れた時にお会いしているけれど、そんな事を言い出すような素振りはまったく無かった。
もしかして第一王子のクルーフォス殿下と話をしたことで、何か思うところがあったの?
野心家だという噂と異なり、兄のクルーフォス殿下に王位を継承してほしそうだったマッジョルド殿下。
まわりにいる側近たちと違い、この国との戦争は望んでなさそうだった。
だからこそ自国の有力貴族の令嬢と結婚することは考えず。
戦争回避のためアルアスラ王国公爵家の娘である私と結婚し、両国の友好的な結びつきを得ようと考えたのかもしれない。
隣に座る父の横顔を見る。
「お父様はこの話を、すでにご存知だったのですか?」
父の口から語られたのは、意外な言葉だった。
「実は陛下からは、メルヴェイユ王国の書簡が届いた時点で相談されていたんだ。婚約解消することなく事を穏便に済ませるにはどうしたらいいかと。婚約を解消しヴェレッドが隣国へ行くのが最善だと、陛下に勧めたのは私だよ」
「お父様が……」
前世でやったゲームの世界では、ヒロインのアカリ様がマッジョルド殿下ルートに入ると戦争になり悪役令嬢の私は隣国メルヴェイユへ人質として連れて行かれ奴隷にされた。
今回は奴隷ではなく第二王子マッジョルド殿下の妻として迎えられる、戦争回避のための政略結婚。
だけど結婚とはいえ実質、人質のようなもの。
お父様は自ら、私が人質になる道を陛下に進言したの……?
ゲームの中では、私は家から勘当されるなど最終的にお父様から嫌われるパターンばかり。
でも、今の世界では家族仲がいいと思っていたのに。
そう考えていたのは、私だけ……?
「どうだろうヴェレッド嬢、モフィラクトとの婚約を解消しメルヴェイユ王国へ行く事を了承してもらえるだろうか」
おそらくこれは決定事項。
でも陛下も心苦しいのかもしれない。
王命で済ませれば良いだけなのに、私の意思を確認してくださるなんて。
「モフィラクト殿下のご意見を、伺ってもよろしいでしょうか」
私の前に座るモフィラクト王太子殿下。
両眉をギュッと寄せ、唇をきつく結んでいる。
殿下はためらいがちに口を開くと、絞り出すようにして声を発した。
「……すまない、私は国の平和を選びたい」
その言葉を聞いて、私の心も決まる。
殿下から視線を横へ移し、陛下の目を見つめた。
「分かりました。私も国のためであれば、喜んでメルヴェイユ王国へ参りたいと思います」
「其方の安全が確保されるように、できる限りの事はしよう」
再び殿下の方を見る。
俯いた姿勢の殿下に声をかけた。
「殿下……今までありがとうございました」
顔を上げ、私を見つめる殿下の瞳が潤んでいる。
煌めくような金色の髪とアメジストのように輝く瞳を持つイケメンの涙目、前世だったら絶対にときめいていたと思う。
「メルヴェイユ王国は荒れているのにそんな危険な所へ……、本当に、申し訳ない」
「大丈夫です殿下、私は望んで行くのですから」
前世では看護師になる前に死んでしまったから、人の役に立つことができなかった。
その私が、今世では両国の友好関係を築くために何かできるかもしれない。
すごく光栄な事だと思う、期待に添えるように全力を尽くしたい。
それに下心があって申し訳ないけれど、メルヴェイユ王国へ行けばクリフに会える可能性も高くなるはず。
先日の感じだと、マッジョルド殿下は話が通じない人ではなさそうだし。
結婚をなんとか先延ばしにしつつ、クリフの捜索をしよう。
その後すみやかに婚約解消の手続きがとられ、ひと月後にメルヴェイユ王国へ旅立つ事が決まった。
0
お気に入りに追加
781
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。
――というのは表向きの話。
婚約破棄大成功! 追放万歳!!
辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19)
第四王子の元許嫁で転生者。
悪女のうわさを流されて、王都から去る
×
アル(24)
街でリリィを助けてくれたなぞの剣士
三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
「さすが稀代の悪女様だな」
「手玉に取ってもらおうか」
「お手並み拝見だな」
「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」
**********
※他サイトからの転載。
※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる