悪役令嬢は婚約破棄されて破滅フラグを回収したい~『お嬢様……そうはさせません』イケメンツンデレ執事はバッドエンドを許さない~

弓はあと

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 陛下に呼び出された。
 広くて陛下との距離が遠い謁見の間ではなく、王宮内にある応接間に。

 もちろんソムニウム公爵家の応接間に比べたらだいぶ広いけれど。
 壇上に陛下がいらっしゃる謁見の間と違って、お互いの距離はかなり近い。

 陛下の隣には、モフィラクト王太子殿下が座っている。
 人払いをしているのか、室内には陛下と殿下、父と私の四人だけ。

 陛下たちと向かい合う形で配置されているソファに、父と並んで座るようすすめられた。
 
 王太子殿下の婚約者ではあるけれど、こんなに少人数の席で陛下と話をさせていただく機会なんて、私には今まで無い。

 ――よほど大事な話になるのかも……。

 その予感が当たるのを、私はすぐ知る事になる。
 陛下が開口一番に、モフィラクト王太子殿下と私の婚約を解消する旨を告げた。

 内心かなり驚きつつも、チラ、と目線だけを動かす。
 殿下にもお父様にも、動揺した様子は見られない。

 ――婚約解消の話、ふたりとも先に陛下から聞いていたのかしら。

 発言を許されたので婚約解消の理由を尋ねた。
 威厳のある陛下の声が室内に響く。

 ――若干お声に憤りが感じられるのは、気のせい?

「メルヴェイユ王国の第二王子から内密に書状が届いた。戦争をしかけてほしくなければモフィラクトの婚約者をさしだせ、妻として迎えると」

 戦争が起きれば、国民に必ず犠牲が出る。
 陛下としては脅迫のように勝手なこの申し出を受け入れたくなんてなかったと思う。
 でも多くの犠牲が生じる事に比べたら、公爵令嬢ひとりを引き渡す方がずっといいと判断なさったに違いない。

 だけど……どうして私が名指しされたのかしら。
 メルヴェイユ王国の第二王子のマッジョルド殿下とは十日ほど前の誕生パーティーで隣国を訪れた時にお会いしているけれど、そんな事を言い出すような素振りはまったく無かった。

 もしかして第一王子のクルーフォス殿下と話をしたことで、何か思うところがあったの?

 野心家だという噂と異なり、兄のクルーフォス殿下に王位を継承してほしそうだったマッジョルド殿下。
 まわりにいる側近たちと違い、この国との戦争は望んでなさそうだった。

 だからこそ自国の有力貴族の令嬢と結婚することは考えず。
 戦争回避のためアルアスラ王国公爵家の娘である私と結婚し、両国の友好的な結びつきを得ようと考えたのかもしれない。

 隣に座る父の横顔を見る。

「お父様はこの話を、すでにご存知だったのですか?」

 父の口から語られたのは、意外な言葉だった。

「実は陛下からは、メルヴェイユ王国の書簡が届いた時点で相談されていたんだ。婚約解消することなく事を穏便に済ませるにはどうしたらいいかと。婚約を解消しヴェレッドが隣国へ行くのが最善だと、陛下に勧めたのは私だよ」

「お父様が……」

 前世でやったゲームの世界では、ヒロインのアカリ様がマッジョルド殿下ルートに入ると戦争になり悪役令嬢の私は隣国メルヴェイユへ人質として連れて行かれ奴隷にされた。

 今回は奴隷ではなく第二王子マッジョルド殿下の妻として迎えられる、戦争回避のための政略結婚。

 だけど結婚とはいえ実質、人質のようなもの。
 
 お父様は自ら、私が人質になる道を陛下に進言したの……?

 ゲームの中では、私は家から勘当されるなど最終的にお父様から嫌われるパターンばかり。
 でも、今の世界では家族仲がいいと思っていたのに。
 そう考えていたのは、私だけ……?

「どうだろうヴェレッド嬢、モフィラクトとの婚約を解消しメルヴェイユ王国へ行く事を了承してもらえるだろうか」

 おそらくこれは決定事項。
 でも陛下も心苦しいのかもしれない。
 王命で済ませれば良いだけなのに、私の意思を確認してくださるなんて。

「モフィラクト殿下のご意見を、伺ってもよろしいでしょうか」

 私の前に座るモフィラクト王太子殿下。
 両眉をギュッと寄せ、唇をきつく結んでいる。
 殿下はためらいがちに口を開くと、絞り出すようにして声を発した。

「……すまない、私は国の平和を選びたい」

 その言葉を聞いて、私の心も決まる。
 殿下から視線を横へ移し、陛下の目を見つめた。

「分かりました。私も国のためであれば、喜んでメルヴェイユ王国へ参りたいと思います」
「其方の安全が確保されるように、できる限りの事はしよう」

 再び殿下の方を見る。
 俯いた姿勢の殿下に声をかけた。

「殿下……今までありがとうございました」

 顔を上げ、私を見つめる殿下の瞳が潤んでいる。
 煌めくような金色の髪とアメジストのように輝く瞳を持つイケメンの涙目、前世だったら絶対にときめいていたと思う。

「メルヴェイユ王国は荒れているのにそんな危険な所へ……、本当に、申し訳ない」
「大丈夫です殿下、私は望んで行くのですから」

 前世では看護師になる前に死んでしまったから、人の役に立つことができなかった。
 その私が、今世では両国の友好関係を築くために何かできるかもしれない。
 すごく光栄な事だと思う、期待に添えるように全力を尽くしたい。

 それに下心があって申し訳ないけれど、メルヴェイユ王国へ行けばクリフに会える可能性も高くなるはず。
 先日の感じだと、マッジョルド殿下は話が通じない人ではなさそうだし。
 結婚をなんとか先延ばしにしつつ、クリフの捜索をしよう。



 その後すみやかに婚約解消の手続きがとられ、ひと月後にメルヴェイユ王国へ旅立つ事が決まった。





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