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しおりを挟む満員の観客席から私とサブルスへ向けられる、痛いくらいの視線。
こちらからは見えないけれど、きっとメルヴェイユ王国の王族たちも私たちを見ている。
ここ数年、モフィラクト王太子殿下と第二王子のクンベル殿下が参加し、真剣を用いた実戦さながらの剣技を二人で披露していたこの武術大会。
王太子と第二王子が来ない代わりに、それ以上のパフォーマンスを見せないとメルヴェイユ王国の王族たちは納得しないはず。
舞台の上、メルヴェイユ国王夫妻と王子のための特別観覧室からよく見える所へ試斬台が、少し距離を空けて二か所に用意された。
試斬台の上部に設けられた穴へ、細く鋭く尖った木の杭が尖端を上向きにして挿し込まれている。
その木の杭の尖端には今、真っ赤な林檎が刺さっていた。
二人で剣を交える前に、手にしている剣が真剣だという事を観客へ示すため。
モフィラクト王太子殿下と第二王子のクンベル殿下はそれぞれ、試斬台へ固定された杭に刺さった林檎をスパッと斜めに斬ってみせたと聞いている。
私は試斬台へ近づくと林檎の刺さった杭を抜き、そのまま天を突くように掲げた。
そこへ瞬時にサブルスが間合いを詰める。
詰めながら腰から抜かれた剣が、キラッと陽の光を浴びて。
次の瞬間コトンッと林檎が半分、舞台に落ちた。
場内で歓声が上がる。
剣を鞘へ戻したサブルスが、もう一方の試斬台へ近づき杭を抜く。
私がした時と同じく、天を指し示すように杭を掲げて。
そのまま杭を握った手を少しゆるめ、ススス……と杭を手の中ですべらせていく。
杭に刺さった林檎と拳の距離が、ゼロになるまでゆっくりと。
手に接した林檎を斬り落とすなんて危険過ぎるから。
私よりも剣の腕が優れているサブルスが斬り役をするべきだと何度も説得したけど。
危険だからこそ俺が持つべきだと言ってサブルスは決して譲ってくれなかった。
林檎がサブルスの拳に触れた瞬間、一気に間合いを詰める。
下手するとサブルスの腕を切り落としかねない。
絶対に、絶対に失敗は許されない。
全神経を集中させて、剣を振る。
半分になった林檎が舞台を転がり、大歓声で場内が沸いた。
堪えきれず、ふッと安堵の息を吐く。
サブルスに怪我がなくて、よかった……っ
心の動揺を周りに気づかれないよう静かに呼吸を整える。
サブルスと向き合い剣を構えた。
この後は、実戦と同じようにサブルスと剣を交えなければならない。
防具は、何もつけずに。
サブルスが剣を振れば私がギリギリのところで避けて。
私が剣で突けば既のところでサブルスがかわす。
私たちの剣技も終盤にさしかかった頃、特別観覧室の窓にかかった幕が僅かに揺れた。
でも視界の片隅で何かが動くなんてよくある事。
前世では強豪校で剣道をしていたこともあって、試合での集中力には自信がある。
それなのに、
無意識に、
本当に僅かな時間だったけれど、
ほんの一瞬、集中が途切れてしまった。
なぜ気が逸れたのか、自分でも分からない。
――私のバカッ!!
後悔しても、もう遅い。
サブルスの剣先が私の腕に触れる。
ピリッ、と腕に痛みが走った。
――続けてッ!
咄嗟に目で合図する。
サブルスの手が、止まらないように。
唇をギュッと結び眉根を寄せたサブルスは、まるで自分が痛みを感じているような表情のまま剣を振り続けた。
大歓声の中で剣技を終え、私たちは舞台を下りていく。
怪我をした私以上に顔色が悪いのではないかと思えるサブルスに連れられ、来賓用の救護室へ行った。
でもそこは、私たちの前に行われた剣技中に負傷したエスセナーリ王国の騎士たちの対応で手一杯にみえて。
「行くぞ。一般参加者用の救護室を探そう」
一般フロアへ向け、サブルスと歩き出す。
「ごめんな……救護室の場所、一般参加者用のも確認しておけばよかった。傷、痛むか?」
「大丈夫よサブルス、たいしたことないわ。それに確認しなかったのは私も同じ。サブルスは何も悪くないわ」
口角をグッと上げて微笑む。
衣装で腰に巻いていたスカーフが、赤くてよかった。
これなら傷口をおさえていても、血が目立たないから。
おさえている腕が、ズキズキ痛んだ。
額にじっとりと嫌な汗を感じる。
一般参加者用フロアへ入ろうとした、その時。
――ヴェレ!!!!
思わずヒュッと息を飲む。
そうしたらどうやって息を吐けばいいのか分からなくなって。
息苦しさを感じながら、声のした方を振り返る。
目が濡れているのか視界が滲んでいるけれど。
特徴のある牛乳瓶の底眼鏡は見間違うはずがなくて。
「クリフ!!!!」
気が付いたら私は、愛しい人の腕の中に飛び込んでいた。
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