悪役令嬢は婚約破棄されて破滅フラグを回収したい～『お嬢様……そうはさせません』イケメンツンデレ執事はバッドエンドを許さない～

39

　学園から帰ると、私宛ての手紙が届いていた。
　封筒を見た瞬間に、胸が高鳴る。

　ブルーサファイアのように美しい色をした、青い封筒。
　クリフの瞳と、同じ色。


　――もしかして、クリフが今度こちらに来る日の連絡かしら。
　それとも実は、この家に戻りたい、とか？
　いいわよ、いつでも大歓迎よ。


　ペーパーナイフを持つ手が少し震えて、開けるのに手間取ってしまう。

　ドキドキしながら、便箋を広げた。
　久しぶりに見る、クリフの綺麗な字。



　――嘘よ、ね？



　お父様に無理を言って、すぐに馬車を用意してもらった。
　もっと速く、と御者を急かしてランス叔父様の領地へ向かう。
　少し前なら、こんなわがままを言うなんて私ってば悪役っぽい、とか思えたけど今はそれどころじゃない。





「ランス叔父様ッ！　クリフは？　クリフはどこ！？」

　着いて早々行儀が悪いけれど、自分でも驚くくらい大きな声を出してしまった。

　早く、早くクリフに会わせて欲しい。
　いるでしょう？　いると言って、叔父様！

「こんにちは、ヴェレッド。まさかこんなに早く来るとはね」
「叔父様、クリフはどこ？」
「ここにはもういない。手紙に書いてあったんじゃないかな。クリフはメルヴェイユ王国へ行ったよ」

　クリフはもう、隣国のメルヴェイユ王国へ行ってしまった……

　現実感が無く、頭がぼんやりしてしまう。
　ランス叔父様に促されるまま応接間へ行き、へにゃり、とソファに座り込んだ。

「どう、して……？」
「それもクリフからの手紙に書いてなかったかい？」
「勝負に出る、賭けに負けたらもう会えないかもしれない。どうかお元気で、と……」

　クリフ、なぜ私からどんどん離れていってしまうの？
　あなたが家を出てから、まだひと月も経っていないのに。
　もう何年も会っていないように感じられる。

「我が国に友好的だった前王妃様が亡くなられてからの十数年で、メルヴェイユ王国は現王妃側近たちの好戦的な勢力が年々強くなっているからね。それに伴ってメルヴェイユ王国の情勢は不安定になり国政への反発で民衆の暴動があちこちで起きているが、そんな時の方がチャンスがある」

　クリフはビジネスの好機を求めて隣国へ行ったの？
　身分が低くてもチャンスのあるメルヴェイユ王国で、成功を掴むために。

　お茶を淹れてくれたタンティア叔母様が、ランス叔父様の隣に座った。
　いつもと違って、少し硬い表情のタンティア叔母様。

「私は心配ですわ。そんな危険な国に行かなくても、クリフはずっとここにいて良かったのに」

　子どものいないタンティア叔母様は、クリフが望むなら喜んで養子に迎えたと思う。
　私たちに対して、いつも自分の子どものように愛情を注いでくれていたもの。

「大丈夫よ叔母様、クリフはきっとすぐに戻ってくるわ」

　自分の期待を込めて、タンティア叔母様を励ます。
　でも、その言葉はランス叔父様に打ち消されてしまった。

「いや、クリフはもう、この国に帰ってこないかもしれないな。メルヴェイユ王国内では現王妃の息子であるマッジョルド第二王子を焚きつけて、この国と戦争をさせようと画策している者も多いと聞くし」

　戦争……
　確かに戦争が起きたら、クリフがこの国に戻るのは難しくなってしまう。
　そういえば……
　乙女ゲーム『メイド・イン・パラダイス～聖剣の乙女は誰？～』では隣国のマッジョルド第二王子ルートだと両国間で戦争が起きて、私がメルヴェイユ王国へ人質として連れて行かれ奴隷にされるエンドもあった。

　そうすれば、クリフのいるメルヴェイユ王国に行ける……？

　そこまで考えて、ブンブンと首を振る。
　それは危険な賭け過ぎるし、そもそも戦争は両国の民にとっても不幸でしかない。
　絶対に避けなければ。


　でもこのまま待っていても、クリフは帰ってこないかもしれない――