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しおりを挟む「こんなに遠いところまで大変だっただろう。よく来てくれたね」
屋敷の前で私とクリフを出迎えてくれた辺境伯のランス叔父様。
笑うと目が、兄であるお父様とよく似ている。
「ランス叔父様、タンティア叔母様、お久しぶりです」
ランス叔父様の隣には、穏やかな笑顔のタンティア叔母様。
黒くて艶のある長い髪がとても美しい。
「疲れたでしょう、さ、ふたりとも座って座って」
日当たりの良い応接間に入ると、庭の見えるソファ席にタンティア叔母様が私とクリフを案内してくれた。
礼を述べて私は座ったけれど、クリフは立ったまま辞するように右手のひらを叔母様へ向ける。
「いえ、私がお茶を淹れますので、タンティア様こそどうぞお座りください」
タンティア叔母様は目を細めて微笑むと、クリフに近づき彼の背中を軽く押す。
「駄目よ、クリフも座りなさい。私はクリフの事もヴェレッドと同じように家族だと思っているの。ここにいる間は私に甘えてもらいますよ」
家族……。
ここに来ると叔母様はいつも、私たちを自分の子どものように迎え入れてくれる。
タンティア叔母様は子どもが大好きだから。
そして子ども好きな叔母様が、自分に子どもができないことを長年悩んでいらっしゃった事を私は知っている。
でも、叔父様と叔母様はお互いがお互いを想っていて、子どもがいなくても本当に素敵なご夫婦だと思う。
タンティア叔母様のお姉様が隣国メルヴェイユ王国の前王妃で、ランス叔父様との結婚が国同士の和平を狙う政略的なものだったとは思えないくらいに。
叔父様と叔母様、そしてクリフも一緒にソファに座り、四人で叔母様の淹れてくれた紅茶を飲む。
私は聞かれるままに、父が元気であること、シャルマンが勉強も剣術もがんばっていることを叔父様に報告した。
ふと、テーブルの隅にしおりの挟んである本が置いてあるのに気づく。
タンティア叔母様は読書が趣味だから、私たちが来る直前までここに座って読んでいたのかもしれない。
「タンティア叔母様、今は何の本を読んでいらっしゃるのですか?」
私の質問に、タンティア叔母様はテーブルの隅の本に目を向け、これね、と口を開いた。
「少し前からメルヴェイユ王国で流行っている小説よ。『虐げられた王』というタイトルなの」
「どんなお話なんですか?」
「冷酷非道な弟に虐げられ幽閉されていた王が、女神の祝福のキスによって力を与えられてね。悪政を行う戦争好きな王弟を滅ぼして、荒廃していた国を救うお話よ」
そこまで言うと、タンティア叔母様は一瞬寂し気な表情をされた。
タンティア叔母様の甥っ子は、義弟のマッジョルド王子に幽閉されていると噂されているメルヴェイユ王国の第一王子。
実際には病弱で寝たきりだと聞いているけれど。
どちらにしても叔母様には心配の種であることに変わりはない。
きっとこのお話に、思いが重なるところもあるのだろう。
「まだ読み終わってないけれど、冒険要素も恋愛要素もあってメルヴェイユ王国では老若男女問わず人気らしいわ」
寂し気な表情を隠すように、続きが楽しみ、と叔母様が可愛らしく笑う。
「悪政により荒廃した国……か」
私たちの話を聞いていたランス叔父様が呟いた。
「物語で済んでくれればいいが」
叔父様が小さくため息をつく。
「我が国に友好的だった前王妃様が亡くなられてから、好戦的な現王妃側近たちの勢力が年々強くなっているからな。第二王子を焚きつけてこの国と戦争をさせようと画策している輩も多いと聞く」
叔母様の表情に再び影が差す。
ゲームではマッジョルド王子ルートの時だけアルアスラ王国とメルヴェイユ王国の間で戦争が起きて、私はメルヴェイユ王国に人質として連れて行かれ奴隷にされるのよね。
この前の夜会では、アカリ様とマッジョルド王子は出会ってないみたいだから、マッジョルドルートにはならず戦争も起こらないはずだけど……。
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