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しおりを挟むクリフが傷を気にしているし……。
ドレスの背中の空きをどうにかしようと思い、チェストから1枚の大きな布を取り出した。
以前、モフィラクト王太子殿下にプレゼントしていただいた、サテンの大きめなスカーフ。
このスカーフもドレスと同じく、アメジストの宝石のように美しい殿下の瞳と同じ色。
「クリフ、このスカーフをドレスに縫い付けてみようかしら。ドレープにしたらドレスにも合うと思うの」
「ああ、いいかもしれませんね。それなら俺がやりますよ。後でドレスとスカーフを貸してください」
「それなら今、渡すわ。むこう向いてちょっと待ってて」
私がドレスの留め具に手をかけると、クリフは慌てた様子で「またあとで! それでは!!」と言い残してあっという間に姿を消してしまった。
いつも冷静なクリフがあんなにバタバタ音を立てて走り去っていくなんて珍しい。明日は雨でも降るのかしら。
普通の令嬢はドレスをひとりで脱いだりはしない。侍女の手伝いがないとドレスを脱ぐのもけっこう時間がかかってしまうから。
ようやく脱げたドレスとスカーフを持ってクリフの部屋へ行くと、机の上にはすでに裁縫用の道具が用意されていた。
さっきのクリフの姿は幻だったのかしら、と思ってしまうくらいクリフの態度もいつもどおりで。
なんだか狐につままれた気分。
ドレスとスカーフをクリフに渡し、小さな机を挟んでクリフと向かいあって座る。
クリフが淹れてくれた紅茶を飲みながら、針と糸を手にするクリフを眺めていた……。
眺めていた……のだ、けれど。
あら? あららら??
大丈夫かしら? クリフ??
どうもクリフの手つきがおぼつかない。
「イテッ!」
眉間にシワを寄せ、左手首をブンブンと振っている。
どうやら指に針を刺してしまったらしい。
牛乳瓶の底眼鏡が一瞬こちらを向いたけれど、すぐに顔を背けられてしまった。
「……裁縫は苦手なんです」
「あなたでも苦手なことがあるのね」
知らなかった。クリフは普段なんでもそつなくこなしてしまうから。
「痛いの? 見せてみて」
席を立ち、クリフの隣に行って腰をかがめ彼の手を握り、針を刺したと思われる指先を確認する。
小さなビーズぐらいの大きさの鮮血が、ぷくッと指先で膨らんでいた。
クリフの指先を口に含んで、ちゅッとその血を吸う。
「ヴェレ!?」
名前を呼ばれたので目線だけチラリとクリフの顔へ向けると、眉を寄せ口をグッと結んで痛みに耐えるような、つらそうな顔をしていた。目は相変わらず牛乳瓶の底眼鏡で見えないけれど。
――そんなに、痛かったのかしら。
知らなかったとはいえ、苦手なことをお願いして悪いことしちゃったかも。
「クリフ、針と糸を貸して。私がやるわ」
ゆったりとした程よいたるみをつけながら生地を縫いつけていく私の手元を、クリフがジッと見つめている。
少し恥ずかしい。顔が赤くなってないといいけれど。
「上手ですね、お嬢様。いつの間にそんな事ができるようになったのですか」
そうね、貴族の令嬢は自分で針仕事をする人は少ない。
趣味で刺繍をする人が僅かにいるくらいだろうか。
「好きだったの、お裁縫」
前世でね。けっこう上手だったのよ。
家庭科だけは、成績良かったんだから。
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