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「む、昔とは違うわ! 一緒に寝るなんて、できる訳ないじゃないッ」


 ふ、と口角を片方上げてクリフがニヤリと笑った。
 意地悪な表情なのに、魅惑的な雰囲気に魅了されそうで思わずたじろぐ。


「そうですよ、俺も昔とは違って身体も丈夫になりました。だからもう心配しないで、ご自分の部屋でゆっくりとお休みになってください」


 そうね、大丈夫なのかもしれない。
 でもあの日は、クリフが死んでしまうのではないかと本当に怖かった。
 小さい頃、クリフがいつもより高い熱を出した夜。

 心配でこっそり自分の部屋を抜け出してクリフの部屋の長椅子で寝ていた私は、ゴボッゴボッという音で目が覚めた。
 音のする方を見ると、身体を痙攣させながら嘔吐するクリフ。

 前世で学んだ応急処置の記憶をたよりに、クリフの身体を横向きにして嘔吐物が口に詰まらないようにしてから人を呼びに行った。

 あとからお医者様に、誰も気づかず嘔吐物が長時間喉に詰まっていたら窒息していたかもしれないと言われ、サーッと血の気が引いた感覚を今でもはっきりと憶えている。
 あの日以来、クリフと水遊びはしていない。

 何かあってからじゃ、遅いから。
 そう、一緒のベッドで寝るなんて、はしたないと思われても、万が一クリフに何かあって後悔するよりはずっといい。

 
 布団の端を持ち上げているクリフの腕に近付く。


「え、ヴ、ヴェレ!?」


 スッと身体を布団に潜り込ませて、ぽふっ、とクリフの隣で横になった。

 ズササササササッッ

 もの凄い勢いで、クリフがベッドの端まで遠ざかっていく。


 ちょ、ちょっと待って、クリフ落ちちゃう、ベッドから落ちちゃうよッ。


 覆い被さるようにギュっと抱きしめてクリフの身体を捕まえた。


「もう少しこっちで寝ないと落ちるわよ、クリフ」

「わ、わかりました。わかりましたから、放してください」


 あらやだ、顔だけじゃなくて耳まで真っ赤じゃないの。
 熱が出ると、人ってこんなに赤くなることあるのね。


「ダメ、放したら逃げそうだもの」

「逃げませんッ。むしろこのままだと俺の理性が逃げていきそうですよ! では、手、手をつなぎましょう! それなら逃げられませんからッ!」


 え、びっくり! いつも冷静沈着なクリフでも、理性を無くす時なんてあるの!?
 身体をくっつけているだけで?
 熱って怖い! 相手が私でも理性を無くす可能性があるなんて!

 ……クリフが熱を出したら、女の人を近付かせないようにしないと。
 あぁ、こんな嫉妬深い性格だから、悪役令嬢になってしまうのね。


 ふたり少し離れてベッドに横になり、布団の中で手だけ伸ばしてきゅ、と握る。


 あら……?
 手をつなぐって、こんなにドキドキするものだったかしら。
 つないだ手から、クリフに心臓の音が伝わってしまいそう。
 ……なんだか、恥ずかしいわ。


「すみません……」

「なに、クリフ?」

「なんか俺、手に汗かいてきたので、つなぐの小指だけにしてもいいですか?」


 ああ、そっか、熱が出ると、汗もかくわよね。
 私もドキドキがバレないようにできるし、ちょうどよかったわ。

 つないだ手を解いて、クリフの小指と自分の小指を絡ませた。ゆびきりげんまん、みたい。

 横を見ると、私と反対側に顔を向けて寝ているクリフ。
 ここからは、黒髪の後頭部と耳しか見えなくてちょっぴり寂しい。

 後ろ髪はきちんとカットしているのよね。前髪も切ればいいのに。
 耳、すごく赤いわ。熱、明日には下がるといいけど。


「おやすみなさい、クリフ」

「おやすみなさい、ヴェ……お嬢様」


 ヴェレ、と呼んでくれないのね、少し、寂しいわ。




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