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じょ、冗……

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 どうぞ、と目の前にお茶の入ったカップを置かれた。
 可愛らしいお花の浮かんだカモミールティー。
 チェリーがのった美味しそうなクッキーも添えられている。

「ぁ……ごめんなさい、いつもカムラッド様にお茶を淹れさせてしまって」
「いいんですよアイラ様、こうして会長のお役に立てる事が、副会長の僕の喜びでもあるのですから」

 なんていい方なのかしら……。

 私なんかよりもずっと優秀で、本来ならばカムラッド様こそが生徒会長に相応しい方なのに。
 留学生という立場から、学園の決まりで会長になる事ができず、ずっと副会長として私の事を支えてくださったカムラッド様。

 カモミールティーを少しだけ口に含む。

 じんわりと、温かい。
 ぁ、目が潤んできそう。
 人に淹れてもらったお茶は、心に沁みるくらい美味しい。

 今日は生徒会に関する最終の引継ぎで学園に来ている。
 次期会長と次期副会長へ最後の説明を終え、つい先ほど後輩たちは生徒会室を出ていったところ。

 次の副会長は、カムラッド様の弟のリオン様。
 カムラッド様もリオン様も隣国イチーズ王国の方で、第二王子と第三王子の立場でいらっしゃる。

 イチーズ王国は、たとえ王族の者であっても、いえ王族の者であるからこそ自分の事は自分でできるように、王子は他国で2年間留学することが慣例らしい。

 そういった方針をもつ国で育ったからかカムラッド様は何でもひとりでできて、お茶を淹れるのもとても上手。

 ここエマデマド王国では貴族の男性が自らお茶を淹れるなんてあり得ないから、初めてカムラッド様が私にお茶を用意してくれた時は本当に驚いてしまった。

「こうしてカムラッド様にお茶を淹れていただけるのも、今日で最後ですね」

 来週カムラッド様はイチーズ王国に戻られると聞いている。

「そんな寂しい事をおっしゃらないでください。またお会いできた時には、僕がお茶をご用意しますよ」
「ふふ、ありがとうございます」

 でも学園という接点が無くなったら、カムラッド様と会う事はきっともう無い。

 半年後に私はオジャッツ様と結婚して、夫婦のお茶を淹れるのは恐らく私。
 
 伯父一家は6年でスタレー伯爵家の財産を食いつぶしてしまうほどの浪費家だし、侯爵領の様子からすると結婚相手のジャーマ侯爵家も浪費が激しいのでしょう。
 外でお茶を楽しむ贅沢な機会なんて、私には訪れない。

 自分以外の人が淹れてくれたお茶をゆっくり飲めるのも、たぶん今日が最後。

 そう気づいたら、さっき潤んだ目から涙が零れてしまった。

 スッと横からハンカチが差し出される。
 思わず顔を上げたら、心配そうに私を見つめるカムラッド様と目が合った。

「涙の理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか……」
「ご、ごめんなさい。何でもないんです、ちょっとゴミが入って……」
「何でもなくないですよね。お会いした時に髪が少し濡れていたのも、気になっていたんです」

 ぁ……出かける前に掃除用のバケツの汚水で濡れて服は着替えたけれど、髪の毛を乾かす時間は無かったから。

「話すだけでも楽になるかもしれません。お聞かせいただけませんか」

 ……隣国イチーズ王国第二王子のカムラッド様とは、今日が終わればもう会うことは無い。

 そんな思いもあって、私は話せることだけをお伝えした。

 自分に至らない点があって婚約者のオジャッツ様から昨日婚約破棄を言い渡されたのです、と。
 そのため昨晩は湯浴みをする気分になれず朝髪を洗ったので……と申し添える。

 オジャッツ様の浮気については、触れる事ができない。
 本人のいないところで勝手に話すことは、憚られるから。

「今後オジャッツ様には、婚約を継続していただけるよう誠心誠意尽くしていきたいと思います」

 頑張って口角を上げ、微笑む。
 自分の事で、人に余計な心配をさせたくない。

 カムラッド様は一度席を立つと、私のすぐそばで跪いた。

「……?」
「アイラ様、その婚約破棄を受け入れて、どうか僕と結婚してください」
「!?」

 け、け、結婚っ!?
 カムラッド様と!?

「じょ、冗……談ですよ、ね……?」
「冗談でこんな事、言いませんよ」

 まるで壊れ物を扱うように、カムラッド様が私の左手をそっと握る。

「アイラ様が好きです。ずっとお慕いしておりました」

 好き? カムラッド様が私を!?

 学園時代、カムラッド様はとてもモテる方だった。
 まだ婚約者もいらっしゃらないという事だったので、当たって砕けろといった感じに想いを告げる女生徒もたくさんいて。

 でもどんなに可愛らしい方に告白されても、カムラッド様はいつもお断りしていた。
 断る際は「今は馬に時間と愛情を注ぎたいから」と大真面目におっしゃるらしい。

 そのためカムラッド様は、短い黒髪の似合う端整な顔立ちのうえ文武両道であるにもかかわらず、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されていた。

 まぁ、オタクという言葉はカムラッド様本人がクラスで最初に言いだした事だけれど。
 隣国ではよく使われている言葉だとおっしゃっていた。

 オタクとは、自分の好きな事柄に没頭し過ぎる人の事をいうらしい。

 産業が著しく発展しているイチーズ王国では、この国にはまだ無い鉄道が発達していて。
 鉄道に乗るのが好きな乗り鉄、絵に描くのが好きな描き鉄など、鉄道オタクと呼ばれる人がたくさんいるという。

「急にこんな事言われても困りますよね。そうだ、帰りにちょっとだけ寄り道をして、デートしませんか。僕の事をもっとよく知っていただきたいです」
「デ、デート!? 寄り道って、いったいどこへ……」

 デートなんて、婚約者のオジャッツ様にも誘われたことが無い。
 もしかして、このお誘いも冗談?

 悪戯っぽい表情で、カムラッド様が笑う。

「競馬場へ」
「け、競馬場!?」

 競馬場といえば、大人の男性が賭け事を楽しむ場所。
 そんな所でデートをするなんて考えられません。
 やっぱりデートなんて、冗談で言ったのでしょうか。





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