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プロローグ(学園卒業パーティーにて)

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「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」



 ――この人は、誰?

 冷たい眼をして私を蔑むこんな人、知らない
 知っている人だなんて、思いたくない――



 今宵は学園の卒業パーティー。
 皆はまだ大広間で歓談している。

 半時間ほど前に壇上で、生徒会会長だった私は卒業生代表としての挨拶を終えた。
 壇上から戻ると婚約者の姿が見えず、探し回っているうちに暗くてひと気のない庭園まで来てしまって。

 ――認めたくないけど目の前のこの人は、探していた私の婚約者。

 なぜ、仄暗い庭園で他の女性の胸を触っていらしたの?
 それになぜ、胸を触るのと反対の手は女性のドレスの裾から入り込み、中をまさぐっていたのでしょう。

 そして貴方はベルトを外し、ズボンの前を寛げていらっしゃる。

 これらの行為を咎めた私が、間違っているのでしょうか。

「わ、私、失礼しますね」

 私の婚約者の腕から逃れるように、着崩れたドレスの胸元を手で押さえながら走り去っていくご令嬢。
 同じクラスだったアバンチュール男爵家の方だわ。

 苛立ちを隠せないといった感じに大きなため息をつく私の婚約者。
 ため息をつきたいのは、私の方なのに。

 彼はカチャカチャと音を立てて、ベルトをしめている。
 なんだか見ていられなくて、斜め下の地面へと視線を落とした。

 学園を卒業したら結婚へ向けて準備を始め、半年後に式を挙げる予定の私たち。
 政略結婚でそこに愛は無くても、幸せな家庭を築いていきたかったけれど。
 それには、お互いの信頼関係が必要だと思う。

 顔を上げ、まっすぐ前を見た。
 金髪碧眼の婚約者――ジャーマ侯爵家次男オジャッツ様の顔を見つめる。

「たった一度でも、浮気は嫌です」

 フンッ、とオジャッツ様が鼻で笑う。

「伯爵家の分際で、侯爵家の俺様にそんな口をきくなんて生意気だと思わないのか?」

 生意気な口……だったかしら。
 浮気は嫌だといった事が……

「今すぐ詫びるなら、許してやってもいいぞ」
「詫びる?」
「ああ、今すぐにだ」
「……詫びるのは、貴方の方では?」
「何だと?」

 オジャッツ様の眉が片方、ピクリと動いた。

「俺が何を詫びねばならないんだ?」
「……婚約者がいるのに浮気をした事……ですよね?」

 思わず疑問形になってしまった。
 オジャッツ様は悪い事をしたと思っていないのかもしれない、という考えが頭をよぎって。

 もちろん浮気は嫌。
 だけどしてしまった事の時間は戻せないのだから、謝罪をされたら受け入れなければならないと思っている。
 そしてこれからの信頼関係を築くためにも、話し合いを重ねていこう、と。
 でももしかしてオジャッツ様は、浮気をした事に対して申し訳ないと思っていないの?

「ハ、浮気を詫びる? たった一度の? そんな事も許す事ができない心の狭い女なのか、お前は」

 やはり、オジャッツ様は悪い事をしたと思っていないらしい。
 それとも私の善悪の基準が間違っているのかしら。

「そんな女、こっちから願い下げだ。お前とは婚約破棄させてもらう」

 婚約破棄……できれば受け入れたい、けれど。

「だがいいか、もしそちらが婚約破棄を受け入れたとしても俺の心を繋ぎ止めておけなかったお前に落ち度があるのだから、慰謝料なんて払わないぞ。むしろ人生の貴重な時間を長い婚約期間で無駄にさせられた俺の方が慰謝料を貰いたいくらいだ」

 ジャーマ侯爵家から慰謝料を貰う事は無理だと、私も分かっている。
 侯爵家の方が爵位が上でわがままが通るという事もあるけれど。
 そもそもジャーマ侯爵家の財力では、少額でも慰謝料なんて支払うことができない。

 私たちの婚約は、私の家の財産を欲するジャーマ侯爵家と、侯爵家との繋がりを求める私の親との利害の一致によるもの。

「なぁ、アイラ。どうする、婚約破棄を受け入れるのか?」

 冷笑を浮かべながら、オジャッツ様が私の顔を覗き込んでくる。
 婚約破棄は受け入れたいけれど、親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ私は家を追い出されてしまうにちがいない。

 私の親とジャーマ侯爵は友人だから、私の家族の状況もオジャッツ様はよく知っていらっしゃるのでしょう。
 親の気分ひとつで私が路頭に迷う事になる、という家庭環境を。

「婚約破棄が無理なら、たった一度でも浮気は嫌だなんて小さな事を言うな」

 身体の横でギュッと拳を握り締めるだけで、私は何も言い返すことができなかった。





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