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涙腺が壊れた
しおりを挟むでも、聞こえた悲鳴は僕のだけじゃない気がした。
しかも悲鳴が上がったと思われる方向から今は呻き声がしている。
おそるおそるそちらへ視線を向けると、フォッグ様とその隣に立っていた大男がうずくまっていた。
ふたりとも服の上から腕を切られたのだろうか。
上着とシャツの袖が裂け、腕から血が流れているのが見える。
「デュオン」
この、声は――。
目からぽろぽろ涙が零れていくのが自分でも分かった。
前世の怜とは違う色をした、クラウド様の青い瞳と目が合う。
「くらぅ、しゃま……」
「少しの間、目を瞑っていて」
目を瞑っていて、と言われたけれど目を逸らすことができなかった。
剣を振るクラウド様の姿が、神々しいくらいに美しくて。
一つに束ねられたクラウド様の長い銀髪が揺れ水滴が舞って輝く。
それから一瞬遅れて、血しぶきが飛んだ。
僕の手足を押さえつけていた男たちがみな表情を歪め、低い声で呻く。
剣をおさめたクラウド様が僕を抱き上げた。
「怖い思いをさせてごめんよ、デュオン」
抱き上げられた僕は、クラウド様の首に腕をまわしてギュッとしがみついてしまった。
クラウド様の体温を感じる。
外は雨で空気が冷えているせいか、とても熱い。
「困ったね。こんなにくっついたらデュオンまで濡れてしまう」
そう言われて気が付いた。
クラウド様は全身ぐっしょり濡れている。
この激しい雨の中、来てくれたなんて……
「ごめん、なさぃ……」
「謝らなくて大丈夫だよ、デュオンが無事でよかった」
ようやく少し気持ちが落ち着いてきた僕は、視線を周囲へ向けた。
僕を押さえつけていた男たちは腕と足から血が流れている。
どうやら自力で立ち上がることができないようだ。
フォッグ様は見た感じ足には傷が無さそうだけど、座り込んだまま。
もしかしたら粗相をしてしまったのかもしれない。
ここへ入ってきた時は雨に濡れていなかったフォッグ様。
それなのに今はお尻の下あたりの土が湿ったような色に変わっている。
そんな事を考えていたら、クラウド様の唇が軽く僕の額に触れた。
「このまま抱きしめていたいけどデュオンが濡れてしまっては大変だからね、おろすよ」
クラウド様は僕を抱き上げたまま、血を流した男たちから離れた所まで歩いていく。
「騎士団を連れてレインもすぐに来るからね」
そう言うとクラウド様はゆっくりと僕をおろし座らせてくれた。
「……もしかして、クラウド様は騎士団も連れずにひとりでここへいらしたのですか」
「そうだよ、ルフトエア公爵が急に王都へ戻ると言うから、私とレインがいない間にデュオンに対して何かするはずだと思いすぐ馬に乗った」
僕は目を大きく見開いてしまった。
まさかクラウド様が、ひとりで危険な場所へ乗り込むような事をするなんて。
しかも騎士ではなく宰相なのにクラウド様の剣の腕前がここまで凄いとは。
「クラウド様がこんなに強いなんて知りませんでした……」
僕の言葉を聞いたクラウド様が、ふふ、と笑った。
「レインには敵わないけどね」
気のせいだろうか。
クラウド様の声に力が感じられず沈んでいるように思える。
でもその考えは、外から聞こえてきた複数の足音ですぐに掻き消されてしまった。
レイン様と騎士団の人たちが、フォッグ様と男たちをあっという間に拘束していく。
馬車にいたミチェーリ様も無事に救出していると教えてくれた。
僕の隣に立っているクラウド様へ視線を向けたレイン様。
でもすぐに頭痛がしているかのように額を押さえながら目を閉じると、レイン様は大きなため息をついた。
「クラウド、ひとりで飛び出していくから気を揉んだぞ」
「ごめんよレイン、心配かけて」
「クラウドは普段冷静なのに、デュオに関する事だと衝動的に行動するからな……」
ふふ、とクラウド様が小さく笑った。
「レインの方がどんな時でも冷静だよね」
「本当に、ふたりが無事でよかった」
「もし私に何かあったら、デュオンの事を頼むよ」
「何かあったらなんて縁起でもないこと言うな……クラウド、おい、どうした?」
ふらりとクラウド様の上半身が揺れ倒れていく、その体をガシッとレイン様が受けとめた。
そしてレイン様の表情がサッと変わる。
驚きや危惧、不安や心配などが混ぜ合わさった表情へと。
「酷い熱だ、これでよく動けたな」
そう呟いたレイン様に向けて、クラウド様は弱く微笑むとその目を閉じた。
「レインならデュオンを幸せにしてくれるから安心できる……」
「もう喋るな、少しでも体力を使わないようにしろ」
「レインは厳ついけれど……本当に……優しいね」
「もう喋るなって……」
声を震わせながらレイン様はクラウド様の身体を抱き上げた。
――数日が過ぎた今も、高熱でクラウド様は絶対安静の状態が続いている。
感染症ではなさそうだという話だけれど、念のためということで僕たちの部屋とは違うフロアに隔離されていた。
あの日、雨のために必要な装備もつけずに飛びだし豪雨のなか長時間馬で走り続けたクラウド様。
僕のために無理させてしまったんだ……。
ルフトエア公爵の身辺や余罪の捜査で忙しいレイン様とは、ほとんど言葉を交わしていない。
あの日から僕は毎晩、広いベッドでひとりで寝ている。
クラウド様の容体についてレイン様に聞きたくてもその機会がない。
様子を少しでも知りたくて、僕はクラウド様が隔離されている部屋へ向かった。
聞いた記憶をたよりに廊下を進んでいく。
廊下を曲がろうとしたところで目的の部屋の扉が見えた。
扉の前に、見覚えのある人が何人かいる。
確か……宰相補佐の人たちだ。
クラウド様は宰相だから、補佐の人たちなら容体をよく知っているかもしれない。
でも、僕みたいな平民が聞いても答えてもらえるだろうか。
彼らから死角になるところで立ったまま少し躊躇していたら、話し声が聞こえてきた。
「聞いたか、クラウド様の……」
クラウド様の事?
思わず耳をそばだててしまう。
「ああ、聞いた。亡くなったそうだな」
ぇ……
クラウド様……亡くなられた……?
「レイン様もショックを受けている様子だったな……」
「それはそうだろう。先ほどお会いしたけど声をかけられなかったよ」
嘘だ、嘘だ、嘘だ……
誰か嘘だと言って。
まっすぐ立っているつもりなのに、足元がグラグラ揺れているような気がする。
このままだと倒れてしまいそうな気がして、壁に手をつき自分を支えた。
クラウド様――。
涙が目にぶわっと溢れぼろぼろ流れ落ちていく。
止めようとしても、止まらない。
――僕の涙腺は壊れてしまった。
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