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手作り弁当
しおりを挟む浮気防止アラーム誤作動事件の翌日。
私は第二工房でリストに説教されていた。
昨日、鳴り響いた懐中時計のアラーム音をスリ防止用魔道具の音だと勘違いしたギルドの男性職員に、腕を掴まれた私。
リストが「時計のアラームの時間設定を間違えただけだ」と庇ってくれなかったら、スリの容疑で捕まってしまう可能性もあった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、嬢ちゃんがしょげとる。リスト坊、もういいじゃろう」
「元はと言えばじいじいちゃんが悪い」
リストはお爺様の事を『じいちゃん』、ひいお爺様の事を『じいじいちゃん』と呼んでいる。
ちょっと拗ねたような表情を見せるリストが、なんだか可愛い。
外ではクールな表情しか見せないのに。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、すまんのぅ」
昨日のうちにリストはひいお爺様と話をして、自分が実験台になった経緯を聞いたらしい。
「この件はこれで終わりにするけど、センティア、俺は他にも怒っていることがある」
ぇ、何だろう?
私……これ以外リストに何かしたかしら??
「どうして怒ってるの?」
「じいじいちゃんから聞いた。センティアは昼飯をほとんど食べずに魔道具の本を読んでるって。飯も買えないくらい給金が足りてないのか? それなら早く言ってくれればよかったのに」
言いながらリストは、ピクニックバスケットを机の上に置いた。
「そ、それは絶対に無いわ。充分すぎるほど貰っているもの。ひとり分だと作るのが面倒で、ついつい果物とかパンだけで済ませちゃうだけ」
相場に詳しくは無いけれど、見習いの職人が貰うには多すぎるくらいお給金をいただいている。
仕事内容の口止め料も含まれているのかなって思い、渡された額をそのまま受け取っていた。
「そうか、それならいいけど、センティアがあまり食べてなかった事に今まで気づいてやれなくてすまなかった。今日は作ってきたから、一緒に食べよう」
リストがバスケットからランチボックスを取り出してテーブルに置いた。
「ひょっとしてリストのお母様が作ってくれたの? もしそうならお礼の手紙を書くわ。リストから渡してもらえるかしら?」
料理をする貴族は少ないけれど、リストのお母様は料理が得意で家族の食事を作っている。
私の亡くなった母も料理が好きで、リストのお母様とよく料理の話をしていた。
「いや、これは俺が作ったから手紙を書く必要は無い」
「ぇ、リストが作ったの、このお弁当!?」
「ああ、普段は第一工房の食堂で適当に買っているけど、今日はセンティアと一緒に食べようと思って作ってきた」
すっごく美味しそうなんだけど。
しかも私が大好きなメニュー。
焼いたベーコンと卵のサンドイッチに、ローストビーフとポテトサラダ。
リストのお母様と亡くなった私の母は仲が良かったから。
母親と子どもたちでピクニックに出かける事が多く、その時持っていくお弁当に私はいつもこのメニューを母にリクエストしていた。
まさかその思い出のお弁当を、リストが作ってくれるなんて。
嬉しい!
あれ、でも……。
単純に喜んじゃっていいのかな?
私がリストを実験台にしたから、そのリベンジだったりしたらどうしよう。
「もしかしてこのランチボックスが浮気防止用の魔道具で、邪な考えを持ちながら食べると下痢をする成分がしみ出てくる仕掛けがあるとか? 」
恐る恐る聞いてみたら、ぶはッ、とリストが吹き出した。
お腹を抱えて笑うリストも、他の人はきっと見た事が無いと思う。
クールなリストしか知らない人が見たら、びっくりするんじゃないかしら。
「センティアにそんな事するはず無いだろ。まぁ、そのアイディアは面白いけど、これは普通の弁当」
「手作りのお弁当……、誰かに作ってもらったお弁当ってなんの仕掛けもなくてもそれだけで浮気防止アイテムになりそうね。誰が作ったんだろうって気になるもの。作ったのが本人でも親でもなければ、睦まじい関係の人がいるんだなって思って好きになるのを諦めそう」
「ハハハ、そうだな。それなら今後俺が毎日作るから、センティアで実証実験してみるか?」
毎日お弁当を作ってくれるなんて、冗談でもちょっと嬉しい。
だけど私のまわりには、リストのお爺様とひいお爺様しかいないし……。
お弁当を作ってもらっても、浮気防止になるか検証ができない。
「それなら私がリストのお弁当を作るわ。第一工房には女性の職人さんも多いでしょう? どんな反応があるか浮気防止の参考になりそう」
「ぇ、センティアが俺に弁当を!? いいのか!?」
ひとり分だと作るのが面倒だけどふたり分なら料理をする気になる。
料理自体はけっこう好きだから。
「リストが毎朝お弁当を受け取りに第二工房へ寄るのが大変じゃなければ、だけど。それに、大したものは作れな、」
「寄る寄る、毎朝寄らせていただきます、よっしゃ!」
なぜかガッツポーズをしているリスト。
もしかして、第一工房の食堂の料理はあんまり美味しくないのかしら。
お弁当を作る話でこんなに嬉しそうに喜んでくれるなんて。
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